「ジャワの大砲(14)」(2026年03月24日) 準備を整えたドゥマッ海軍がジュパラから西に向けて発進したのは1512年の末だった。 ジャワの大軍船団の旗艦にはウヌス自身が提督として座乗した。その旗艦は軍船団の中で 最大の船であり、そのほかに350〜600トン規模の軍船が30隻ほど含まれていた。 大型船には大量の兵員が搭乗した。 バンテンで戦力を追加したあと、ウヌス提督がそのジャワの大軍船団を二分した。より規 模の大きい第一軍団はスンダ海峡を西航してスマトラ島西岸を北上し、アチェ海軍と共に マラカへ北から接近する。 小さいほうの第二軍団は旗艦と共にカリマタ海峡を北上し、ジャンビ・リアウ・トゥマシ ッ・パレンバンなどの海軍や志願する商船などと一緒になって南からマラカへ進み、北か ら来た軍団とマラカの沖合で合流して攻撃を開始する。 アチェ海軍と合同した第一軍団はアチェ海軍を率いるカントマナ提督の指揮下に入った。 ドゥマッ海軍の提督は第二軍団にいて第一軍団には提督がいないのだから、その合同軍の 指揮官中での最高位者はアチェ海軍のカントマナということになるわけだ。 ドゥマッ海軍兵士は白いズボンとシャツを着て、白い頭巾で頭を覆った。ズボンを縛る腰 の帯が階級を示していた。一方、アチェ海軍の軍装はズボン・シャツ・頭巾ともに黒色で 指揮官の腰帯は朱色、頭巾は角を折り曲げて天を指していた。兵士の手持ちの武器はジャ ワもアチェも槍・刀・盾を主体にしていた。陸上戦を行う計画だったから弓はあまり用意 されていなかった。 ウヌスと幕僚が立てたマラカ征服の作戦計画では、軍勢はマラカ城市から近い海岸に上陸 して町を陥落させる一方、軍船団は海上を包囲して一隻の船も逃げられないようにし、ポ ルトガル人を城市内外の戦闘で全滅させるというシナリオになっていた。たとえ内陸部へ 逃げられたとしても、マラヤ半島の密林の中で野垂れ死にすることになるだろう。 ただし、ポルトガルの軍船がすべて城市から出払っていて近海にもいないことが最大の条 件になっていた。陸上戦でマラカ城市を奪還しさえすれば、そのあとでやってくるポルト ガル軍船との戦闘でマラカ城市がまたポルトガルに奪われるようなことは起こり得ないと ウヌスは確信していた。 第一軍団の到着とタイミングを合わせる必要がある第二軍団はマラカ海峡をゆっくり航行 した。そして終に1513年1月のその日、朝陽の下のマラカの街がはるかかなたに浮か び上がってきた。第一軍団とアチェの合同軍がマラカの沖を包囲し、兵士を乗せた小船が びっしりと海岸に向けて進んでいる様子が見えてきた。船からチェッバンによる砲撃が陸 地に向けて行われている。 周辺海域にポルトガル軍船は1隻も見えないことを見張り兵が報告した。北側の海にもポ ルトガル軍船はいない。絶好のチャンスだ。しばらくしてマラカ城市内から黒煙が上がり 始めた。しかしマラカ防衛軍も黙ってはいない。とはいえ、ポルトガル兵は圧倒的な数の プリブミ兵で埋まった戦場にのこのこ出て行くようなことをしない。ポルトガル人はアジ アで繰り返し行って来た戦闘をもとにして常道戦法を編み出していた。マスケット兵の一 斉射撃と大砲だ。アジア兵がいかに大砲を怖がるかということをポルトガル人は知り尽く していた。つまり空砲も戦場ではひとつの効果を持っていたのである。 城市を取り囲んでいる城壁から発射されるマラカ防衛軍のマスケット銃の射撃音と大砲の 轟音が第二軍団の船上まで聞こえてきた。第二軍団も兵士を上陸させるために陸地に接近 しつつある。船上では上陸部隊兵士が武者震いしている。城市内の黒煙と火は勢いを増し、 南部から中心部へと広がっている様子が海上から見える。 第一軍団合同軍の船上からの砲撃が止まり、船上に残っていた兵士が小船に乗り移って上 陸をはじめた様子がウヌスの目に映った。兵士たちが何を考えているのかは手に取るよう に分かった。勝戦の分け前にあずかりたいかれらは、上陸したくてうずうずしていたのだ。 上陸しなければ手ぶらで帰国することになりかねない。しかしそれを許せば作戦計画が崩 れてしまう。ウヌスは第一軍団に向けてチェッバンによる警報を撃たせたが、何の効果も なかった。軍船が次々と空っぽになっていく。[ 続く ]