「ロムサ(終)」(2019年07月12日)

軍が突きつけて来る人数要求は各自治体首長が背負うべき義務とされた。ほとんどが農村
であるジャワの村の労働力は激減し、食糧生産を支える人間は女子供老人病弱者だけとな
る。加えて、労務者になって生命を張ることを嫌がる者が村を脱して都会へ隠れるように
なり、都会生活の秩序さえもが崩れはじめた。


1972年にSAカリムの監督でRomushaというタイトルの映画が作られた。制作者はユ
リス・ロフィイで脚本はヘルマン・ナガラとロフィイ・プラバンチャナ。

ストーリーは1943〜44年のジャワ島における日本軍政期の労務者の悲惨な姿を描い
たものになっている。アキロ・コバヤシ大尉など日本人役が登場するのだが、全員がイン
ドネシア人で演じられていて日本人は出演していない。

ある日主人公ロタは住民に反日を煽ったとして逮捕され、労務者キャンプに入れられて虐
待を受ける。そこでキャンプの責任者コバヤシ大尉の専用慰安婦になっているナリと知り
合う。ナリと友人のモナは労務者たちの蜂起のために武器をキャンプ内に運び込むことを
行っていた。そしてある日それが発覚し、ふたりの慰安婦は銃殺刑に処せられることにな
る。

いざ処刑が行われようとしたとき、ロタの指揮で労務者が一斉に蜂起した。日本兵と労務
者の戦闘が続き、日本兵は押されて全滅に向かう。コバヤシ大尉は腹を切り、労務者たち
のカチドキがこだまするというような筋書きだ。

労務者たちが山を削り、洞窟陣地を掘り、地下弾薬庫を作ったりするシーンが中に散りば
められている。


この映画は映画検閲機関が劇場一般公開用として合格を与えたにも関わらず、時のオルバ
政府情報省が配給を差し止めた。理由はインドネシアと日本の友好関係を損なう惧れがあ
るということだった。しかし日本大使館あるいは日本政府からの公式表明は一切ない。

これは当時、ジャカルタを揺さぶる大きな話題になった。そんな中で制作者ユリス・ロフ
ィイ夫人が日本の苦情によるものだという発言をした。日本側はこの映画の一般公開差し
止めを裏取引で行い、公明正大な態度を取らなかったという印象が世の中に広がった。

国会はこの映画に関する政府の姿勢を問題視して、1973年6月に映写会を開いて内容
を確認し、その上で政府の姿勢を問いただす方針を決めた。しかしオルバ政権の強さはそ
こでも立証された。今日に至るまで、この映画は公開禁止が継続している。

映画制作者に対して政府は、公開遅延の損害賠償金を支払うことで当面の抑えをはかった。
その金がどこから出たのか、だれも知らない謎になっている。だれの推測も日本政府を指
さすのが明らかなのだが。

最終的に公開禁止がはっきりして、覆す可能性が限りなくゼロに近い状況があらわになっ
たとき、制作者は全制作費用の賠償と金利を求めたのだが、オルバ政府は相手にしなかっ
た。オルバの強権政治の一例がそれである。[ 完 ]