「テロリズム(後)」(2019年07月26日)

テロリズムの主観的要素は語の定義付けを行おうとする者の頭を悩ませる。「対テロリズ
ム戦争」というスローガンの中で共通定義としてみんなが参照できる語義に関する公式定
義がいまだに合意されていないのだ。つまりそれは戦争なのだが、何に対する戦争なのか
がはっきりしていないのである。これでは生煮えの戦争だ。

国連はテロリズムの語義を「政治的目標のために社会・一部グループ・特定集団などにテ
ルロール状況を発生させようとする意図もしくは計算をもって行われる犯罪行為」と定め
た。この定義では、その理由が政治・哲学・イデオロギー・人種・エスニック・宗教など
いかなる性質を持っていようが、理由が何であるかを問わずテロリズムは犯罪であると説
明されている。この定義は一見、よくできているように見える。ところがそれを推し戴こ
うとしない国がたくさんあるのだ。どうしてか?

その定義は行為者を限定していないのである。だれでもがテロリズム行為者になりうる。
国家でさえも。自らをテロ国家だと認める国などあるわけがない。だから多くの国がテロ
リズムの定義の中にイリーガルという言葉を入れている。それは、国が行う行為はすべて
リーガルと考えられるためであり、そうすることによって国の行為がテロリズムに区分さ
れなくなるからだ。反対に国に対する叛乱・反逆を行う者は、いくら非暴力姿勢を執ろう
がイリーガルである点を踏まえて容易に公共の安寧を破壊するテロリストというラベルを
貼ることができる。

対テロリズム戦争はさまざまな形態を採ることが可能だ。市民の自由を束縛するような強
硬手段を執るのがすべてではない。その一例をフランスの田舎町コンピエーニュの16人
のカルメル会修道女が示して見せた。恐怖政治期にかの女たちはその信仰のゆえに国家の
敵とされた。神への祈りに熱心すぎたのだ。1794年7月17日、パリのひとびとが見
守る中で、かの女たちはギロチン台の前に一列に並ばせられた。かの女たちは泣くことも
せず、悲鳴をあげることもなく、16人がVeni Creator Spiritusを唱和した。その歌声は
ひとりずつ減って行った。16人だった合唱が15人になり、14人・・・3人、2人、
ひとり、そして沈黙。

かの女たちの遺体は他の1千人を超えるひとびとと共に巨大な穴に積み重ねられて埋めら
れた。かの女たちの歌声は風の中に散って消えたが、パリの民衆の心の中にしみ込んだ。
ひとびとの心の中に満ち始めていた不満が燃え上がるのに、長い時間は必要なかった。そ
の11日後、パリの民衆は恐怖政治を動かしていたテルロール支配者たちをギロチン台の
前に引き据えたのである。こうしてテルロールの時代が終わった。

世界は今、フランス革命の遺産として「リベルテ・エガリテ・フラテルニテ」のスローガ
ンだけを記憶している。[ 完 ]