「ブリタル反乱(7)」(2019年12月24日)

しかし青年たちの明るく元気な声はスカルノの心を暗い影で覆った。「われわれは絶対に
勝ちます。保証しますよ。きっとうまくやれる。」

この青年たちを説得してやめさせることは無理だ、とスカルノは思った。若者たちの純な
心情は美しい。だが視野の狭さが有為の青年たちの生命を失わせてしまうだろう。本当の
独立を勝ち取る時のために、どうしてその貴重な身命を保っておこうとしないのか。明る
く素直な若者の姿を前にして、スカルノはきっと腹立たしかったにちがいあるまい。


インドネシアの独立のために身命を賭す覚悟を持ったこの青年たちと一緒になって、反乱
計画作成に知恵を貸すことができればどんなにうれしいことか。しかし自分はハッタと一
緒にジャカルタの日本軍政監部と良好な関係を続けて行かなければならない。インドネシ
ア独立のプログラムは既に目前に迫ってきている。この大切な時期に日本に弓を引けばこ
れまでの努力は水の泡となる。日本人が独立の約束を反故にすれば、それがたとえ形だけ
の独立であっても、その看板を掲げる機会さえまた遠ざかっていく。

スカルノの目には、歴史の先にあるものが見えすぎるほど見えていたにちがいあるまい。
日本人はインドネシア独立の看板を振りかざしながら、インドネシアをそのコントロール
下に置くことに努め、独立をインドネシア人の主体的意思に委ねようとはしない。しかし
この戦争の結末は既に見えている。日本人はインドネシアから去るしかないのだ。日本人
が去った後、またヨーロッパ人が、オランダ植民地主義者たちが戻って来るのは明らかだ。

インドネシアの真の独立はそのオランダ植民地主義を叩きのめしてはじめて実現するので
ある、という真理をスカルノほど深く認識していた者はその時期、インドネシアにいなか
ったのではないだろうか。


日本人が約束した独立は、欧米人がそれを決して認めないだろうから、インドネシアが国
際社会における真の独立国家の座に就けるわけがない。結局は看板だけの独立を掲げてオ
ランダ植民地主義と力を競うことになる。国民の力を束ねるには、看板だけの独立も大切
なものだ。

オランダ人との最終戦を闘い抜くために、軍事力と青年たちの身命が必要とされているの
である。インドネシア独立にとっての真の敵は日本人ではない。真の敵と戦うためにイン
ドネシア人は日本人から戦いのためのありとあらゆるものを手に入れなければならない。

力ずくで日本人からそれを奪おうとすれば、インドネシア側に大きな被害が出ずには済ま
ない。それはオランダ人との最終戦を戦い抜くための貴重な資源が損耗していくことを意
味している。

日本人が目の前にいるからかれらを敵として追い払ってしまえば独立できると考える者、
欧米から日本の走狗と見られているスカルノが独立を宣言しても欧米は認めてくれないか
ら、日本人を追い落として日本の走狗でないインドネシアが独立を宣言すれば欧米は認め
てくれるだろうと考える者、どうしてかれらは歴史の先行きをもっと冷静に読もうとしな
いのだろうか?

インドネシア人が日本人との間に武力衝突を起こすことを徹底的に回避し続けたスカルノ
の姿は、前作「独立宣言前夜」:http://indojoho.ciao.jp/koreg/hroklamasi.html
の中にもたっぷりと見出すことができる。毀誉褒貶さまざまなスカルノではあっても、歴
史の先を読み通して描いたシナリオを行動に移してそれを実現させた人物の偉大さは、わ
れわれを感動させずにおかないのではあるまいか。


スカルノは結局、ブリタル反乱事件から全面的に身を引いて、すべてを成り行きに任せて
しまった。しかしこの事件が脳裏に浮かび上がるたびに、かれは決まって自分を責めた。
罪悪感なしにその事件に触れることができなかったのだ。

その罪悪感に駆られてだろうか、独立インドネシア共和国大統領内閣初めての組閣が19
45年8月19日に行われ、その中にスプリヤディが国防大臣に該当する人民保安大臣に
指名されていた。[ 続く ]