「バタヴィア紀行(18)」(2020年07月06日)

われわれはEBROを雇ってコニングスプレインを一周することにした。エブロを呼ぶと、暗
闇の影から三台が競り合ってわれわれの方に走って来た。あやうくぶつけられそうになっ
たから、われわれは飛び退って除けた。腹が立ったから、われわれは一番後ろの車に乗る
ことにした。他の二台の御者は不満そうにムラユ語で何かを言ったが、われわれに分かる
わけがない。かれらの愚痴を気にしないでもよいとアブドゥラは言うものの、われわれは
そのふたりにそれぞれ20センを渡して引き下がらせた。ふたりは大喜びで去って行った。


広大な草地のコニングスプレインは神秘的な月光の下で浮き上がっているように見える。
徒歩で回ったなら、一時間はゆうに超えるだろう。四つの角には公園があり、周囲はラン
ドハウスに囲まれている。コニングスプレインの周囲を巡る広い道路は外側のヴィラの前
庭を境界線にして、一直線に走っており、街路樹が植えられて、日中の暑さから日陰を作
ってくれている。

プリブミはここをガンビル広場と呼んでいる。毎年ここでパサルガンビルPasar Gambirが
開かれ、8月31日には数千人の群衆が集まってヴィルヘルミナ女王の誕生祝賀が催され
て、花火が夜空を彩る。そのときは、だれでも参加できる楽しい競技や、首都防衛軍の行
進パレードなども行われる。

ハルモニで演奏会が続けられている間、われわれはエブロでゆっくりとコニングスプレイ
ンを回った。「ここはなんて美しいんだ!」普段それほど上品でないティマースマが感無
量の声でコメントする。アブドゥラを含めて、われわれ四人は月光の下の美しさに酔いし
れ、騒がしい声をたてることもなく車上から周囲を眺めるのに没頭した。

わたしは神がこの東インドの地に与えたものに思いを馳せていた。そんな視点からものご
とを眺めることはわたしにも滅多になかったのだが、このような形でひとの心を打たしめ
ているこのできごとは、オランダにいればまず体験することはなかっただろう。アブドゥ
ラはさておき、他のふたりも厳粛な気持ちの中に沈んでいるようにわたしには見えた。わ
れわれ三人はきっと、神とのつながりを思い出さずにはいられなかったのではあるまいか。


コニングスプレイン西の中央辺りに、美しい古代ギリシャ風の白亜の建物があり、表には
銅製の象が高い台の上に飾られている。これがプリブミに象博物館と呼ばれているものだ。
これこそが世界に名高いバタヴィア芸術科学ソサエティBataviaasch Genootschap van 
Kunsten en Wetenschappenの本部兼博物館及び図書館なのである。

ソサエティはVOC時代に発足したが、その後沈滞していたのをイギリス時代のラフルズ
総督が活性化させた。われわれはイギリス人ラフルズに感謝しなければならないところだ。
今やこのソサエティは世界で著名な学術団体になっている。

ソサエティは中部ジャワの古代ヒンドゥチャンデイの発掘調査などを行った。博物館の大
展示場には東インドの全土から集められた遺物や芸術品で満たされている。いろいろな武
器と防具、道具類、衣服、装飾品、織物、編み物、楽器、舟、家屋の模型、等々。それら
のさまざまな品物は、この地に住むひとびとがそれらを作り出した能力を示すものなので
ある。更に博物館の宝物室には、傘、黄金製の甲冑、兜、冠、シリ箱、古来のクリス、槍
などが収められている。それらは戦争で敵から奪った戦利品や盟友スルタンから贈られた
ものだ。チャンディの発掘調査で見つかった耳飾り、首飾り、腕輪などもある。仏教やヒ
ンドゥ教のチャンディから発掘された石像のレリーフには、古代ギリシャ、エジプト、ア
ッシリアなどのモチーフを見出すことができる。

アムステルダムのレイクスミュージアムRijksmuseumすら持っていないロンボッLombokの
貴重な遺物もある。その中には、千年以上昔のポワティエPoitiersでの戦争でフランク王
国に敗れたモールMoor人やサラセンSaracen人が使った甲冑の金属の環がある。

一方ここの図書館は、東洋の諸言語や民族誌に関する書籍のコレクションが豊富だ。世界
からたくさんの学術研究者がここを訪れる。建物内の理事会会議室には、17世紀以来の
著名な探検家の画像が並べられている。[ 続く ]