「植民地軍脱走兵事件(2)」(2020年07月11日)

ところがそのわずか6カ月後に東インド植民地軍と契約し、兵士の階級でバタヴィアにや
ってきたのである。東インド植民地軍との契約をかれは4回更新し、その間に下士官にな
ってロンボッ戦争に従軍した。その後、メステルコルネリスで兵員訓練指導官として働い
ているときに、わたしはかれを知った。

48年間の人生のうちの20年をかれは軍人として生きた。何も問題を起こさず、それど
ころか優秀な軍人として評価された20年だった。そんなかれが怖れているものは老化だ。
軍人として役に立たなくなった時、かれの人生に一大転換が生じる。かれは東インド植民
地軍での勤務がまだ8年間でしかなく、そのために与えられる恩給だけでは生活ができな
い。ところが一市民になったとき、生活の資を稼ぐための技能を何ひとつ持っていないの
だ。これでは生きていけない、とかれは言う。

最初の6年契約が満了した後、かれは契約を更新した。ところが軍側は一年ごとの更新を
かれに強いた。だからかれは一年間の契約更新を既に二回経過し、今は三回目の更新だ。
そして更新のときには毎回健康診断が行われる。そのうちに軍務不適格という診断が出さ
れることを、かれは心配しているのである。

かれは軍から放り出されて一市民となり、生計の資を得るために貧困と苦難の中で四苦八
苦するよりも、戦場で軍人として果てたいと願っている。勇猛な軍人であるかれは、銃弾
や刀や槍を自分の身体に受けることを少しも怖れない。平和な社会で金稼ぎに四苦八苦す
ることの方が、かれにとってははるかに怖ろしいことなのである。

かれがアチェの戦場への転出願いを二度目に出したとき、軍上層部はそれを許可した。ア
チェでかれはペディールPedirへの侵攻作戦に加わった。ペディールに進出した東インド
植民地軍の一部隊がパトロールを行っているとき、どこからともなく飛んできた一発の銃
弾がパトロール隊指揮官の頭を貫通した。カコウスキー軍曹は即死した。


バタヴィアに中国政府が人材リクルート機関を置いているようだということを東インド植
民地政庁は感づいていたが、中国人の秘密保持がなかなか巧みだったのだろう、調査が行
われたものの、政庁はそのしっぽをつかむことができなかった。

ある日、予備隊のオランダ人兵士が指揮官に申し出た。このミステリアスな事件に関して、
自分が何かの役に立てるかもしれない。「自分は以前にライン川を航行する船で働いたこ
とがあり、脱走兵が使っているドイツ語の方言は自分のよく知っているものです。あれは
コイレン地方の田舎言葉なのです。わたしが脱走希望者を偽装してそのルートに潜入でき
れば、これまでの謎がすべて解き明かされるでしょう。」

そのオランダ人兵士とは、わたしと同じ分遣隊の一員としてバタヴィアへやってきたロッ
テルダム出身のコウス・ヴィレムスだ。かれは動作のきびきびした行動的な若者で、気の
利いたジョークで仲間を笑わせることでは分遣隊で一二を競う人物だった。

かれはかつてドイツ人兵が脱走の話をしているのをカンティンで耳にしたことがある。こ
こでの暮らしの愚痴をドイツ人兵のだれかれなしに言い回れば、そのうちに脱走候補者と
して中国のリクルート組織が、兵舎内にいるかれらの協力者を通してアプローチしてくる
かもしれない。そうなれば自分は中国の組織の誘いに乗って脱走兵になりすまし、そのル
ートに関わっているすべてのファクターを調べ上げたうえで、すべてを一網打尽にするこ
とができる。それがかれの考えている計画だった。[ 続く ]