「ヌサンタラのフランス人(3)」(2020年08月12日)

翌朝目覚めてよくよく観察してみれば、ティクはまるで貧しい漁村のような町でしかない。
家々は竹造りに海藻をまとわりつかせたような外装で屋根はヤシの葉葺き。家の中はがら
んどうで木製の函があるばかり。煉瓦造りの棚に金属製の粗末な椀が並べられているだけ。
ここでもっと多種のスパイスを大量に買いたいと言っても、地元統治者も港湾長も色よい
返事をしてくれない。もっと大きな商港へ行かなければ無理だったことをフランス人は知
った。


かれらが観察した原住民の姿はこのようなものだ。原住民は概して背が高く、やせ型だ。
顔つきはひとを不安にさせる。話し方はきつく、声音は聞き苦しい。誰もが裸足で、履物
をはいている者はひとりもいない。たいていのひとが赤・茶色・紺青の質素な木綿のシャ
ツとカインを着ており、村長だけはサルンを肩に垂らし、重い黄金の腕輪をし、黄金の象
嵌が入ったクリスを身に着けている。頭は布を巻くか、わら編みの帽子をかぶる。かれら
の姿は薄汚く、穢れているように見える。村長の服だけは別にして、庶民の衣服は洗濯さ
れていないようにしか見えない。

原住民の食事はフランス人にとってそんなに旨い物ではない。毎日毎日、飯と魚だ。祝祭
のときだけ、鶏肉が多少使われる。フランス人なら飽きてしまうだろう。

ひとびとが携えている武器はクリス以外に槍や弓矢、あるいは吹き矢だ。吹き矢は先に毒
を塗った小さい矢を射る。かれらは攻撃用の武器と防御用の盾で戦う。盾には象や野牛の
厚い皮が使われ、更に蛇や魚の皮で補強したり装飾したりしている。

ムラユの女は、ヨーロッパで言われている通り、美しい。しかしスマトラに売春の風習は
ない。女たちは厳しく貞節を強いられていて、婚外で性行為を行うと男は死刑、女は体罰
を与えられた上で奴隷にされる。そのような厳しい規律順守のために、原住民同士の間で
は正直で従順な交際が行われているものの、かれらは外国人に対してこの上なく狡猾で悪
辣な人間になれる。

女たちは農作業を含む種々の仕事を行うよう義務付けられている。では、男たちの仕事は
何か?男たちはみんな、なすべき仕事を持っていない。せいぜい闘鶏ばくちを行うくらい
がかれらの仕事だろう。この地方は動物の宝庫だ。トラ・サイ・カバ・象・ワニ、そして
さまざまな色と形の鳥。


ティクの住民は排他的でなく、やってきたフランス人を友好的に遇したものの、取引にお
いては歩み寄りの姿勢を少しも示さなかった。フランス人は結局、期待したほどの仕入れ
ができないままティクを後にして、インドラプラIndrapuraに向かった。

しかし1529年12月3日にジョンが病死し、5日後にラウルもその後を追った。伝染
病は船内に広がって、乗組員の半数が病死してしまう。結局この航海で得られたものはコ
ショウ30樽がそのほとんどすべてをなし、そんなわずかな収穫を携えて1530年7月
に、2隻は無事にジエップに帰還した。ジョン・アンゴにとって大損の航海だった。

乗組員のひとりはコメントした。「ムラユ人は態度をコロコロ変える。おべっか、愚弄、
狡猾、嘘、意地悪・傲慢・欲張り。商売相手としてスコットランド人よりもはるかに嫌気
のさす連中だ。」
[ 続く ]