「ヌサンタラのフランス人(12)」(2020年08月21日)

ボーリウは王の話に対して、次のように答えた。「陛下のお話を聞けば、フランス人はだ
れもが不思議に思うことでしょう。もともとかれらは通商以外に生きるすべを持たない者
たちでしたから。ところが今やかれらは、何という図々しさか、あらゆるものを我が物に
しようとしています。フランス国王はかれらをスペイン国王の横暴から保護してきた歴史
があり、かれらはフランス人を尊敬して当たり前であるにもかかわらず、今では知らぬ顔
をし、見下し、愚か者扱いをしています。われわれフランス人がこの国を訪れるのは通商
だけが目的であり、だれかを支配しようとか、どの土地に肩入れしようなどという目的は
さらになく、商業上での売買だけが目的なのです。わたしはかれら両民族と一切関係を持
たず、話もしないようにしなければなりません。」

それを聞くと王は黄金の器に置かれたカプルシリkapur sirihをボーリウに勧め、銀の盆
に載せられたアチェの衣装をボーリウにプレゼントした。ボーリウは即座にそれを着用し、
フランスの盛装の上に着たアチェの衣装のまま、王の部屋を退出した。


だがそんなことで話がとんとん拍子に進むような土地でないのは明らかだ。フランス人は
ティクやアチェで自由に交易して良いという王のお墨付きをもらいたいのだが、王宮側を
代表してフランス人に相対しているランカヨや税関長との話し合いは三回四回と持たれた
ものの、希望をスルタンに取り次ぐと約束してそのたびに贈り物を要求し、言ってくる価
格は値上がりする一方であり、もしも弱気になって合意などした暁には、下に濡らしたコ
ショウを置いて上に乾いたものを積む手口はまだいい方で、下には石を詰めて上にコショ
ウを置いた樽を大量に持たされるのは目に見えている。かれらの仲介で取引するのであれ
ば希望する価格を、さもなければ王のお墨付きを、とボーリウは粘った。


2月18日、午後に港湾長がやってきて、王のお招きであると言ってボーリウを宮殿に誘
った。王は宮殿内の四角い部屋にいて、ボーリウは前回王に謁見したときに置かれていた
トルコ絨毯にまた座らされた。

王がボーリウにヨーロッパのキリスト教の王たちの勢力図について質問し、ボーリウが答
えていると、三十人ほどの女たちがそれぞれ黄金の大きい容器を持って現れ、王とボーリ
ウの前に置いた。容器を覆っている布を開けると、中には多数の小さい黄金の器にさまざ
まな料理が置かれている。この招きは王の夕食の相伴だったのだ。

実に様々な料理と飲み物が供されて、何ひとつ不足のない王者の食事にボーリウは感心し
てしまった。もちろん、ヨーロッパ人には訳の分からない、不思議でおどろおどろしい飲
み物を飲まされたりもしたのだが。

そうこうしていると20人足らずの女たちが出てきて壁の前に並び、歌を唄い始めた。港
湾長の説明によれば、それはスルタンがこれまでに勝利したさまざまないくさをほめたた
える歌であるそうだ。すると小さい扉からふたりの女、あるいは娘と言えそうな容姿端麗
で優美な女性が入って来て、舞い始めた。かの女たちが身に着けている衣装はとても変わ
っていて、ボーリウはいまだかつてそのような姿の女性を想像したことすらなかったから
驚いた。ふたりが身に着けているのはすべて黄金で作られた衣装だったのだから。

ふたりはまず王に両手を合わせてあいさつすると、ひざまずいたまま身体を立ててくねら
せはじめる。そして立ち上がってから音楽に合わせてたいへん美しく舞うのである。舞は
半時間近くまで続き、ふたりは舞い終わるとまた王にあいさつをしてから下がって行った。

ボーリウはあの黄金の衣装が20キロはあるだろうと見積もり、それを着て半時間も舞い
続ければ相当な重労働だろうとかの女たちを気遣ったが、ふたりはそんなそぶりを少しも
見せなかった。[ 続く ]