「ヌサンタラのフランス人(13)」(2020年08月22日)

芸術についての造詣を人並以上に持っているボーリウも、衣装のことは別にしてその舞を
素晴らしいものだと感じた。フランスの舞踊批評家がここにいたとしても、かれらはそれ
を決して野蛮人の踊りとは考えないだろうという確信を抱いた。

夜のとばりが降り始めたのでボーリウは王にいとまを願って王宮を退出した。帰りの道す
がら、「スルタンは外国人を招いて晩餐を共に楽しむことは普通に行っているが、その席
で妻を踊らせたのはこれがはじめてのことだ。」と港湾長がボーリウに語った。王の妻が
いれば目をつぶらなければならず、その姿を眺めたりすれば災難が降りかかって来るよう
な風土で、王が自分にはその禁を解いた謎をボーリウは、アチェ王の偉大さをヨーロッパ
文化の最高峰のひとつであるフランスに伝えるように仕向けているのだと解釈した。

実際、アチェ王が蓄えている黄金の量はすさまじいものだ。スルタン・イスカンダル・ム
ダは即位してから既に百バハルを超える黄金を手に入れている。大量の宝石や銀あるいは
高価な品物などはそのほかだ。それが祖先から伝えられたものに加えられているのだ。ボ
ーリウはその総量を1千8百万リーブルと見積もった。ヨーロッパの国主の中にそれほど
の財宝を築いた者はいない。

アチェという国は興ってからいまだかつて他国に蹂躙されたことがない。つまり先祖代々
蓄えられた財宝は何ひとつ失われることなく残されているということなのである。スルタ
ン・イスカンダル・ムダはしばしば、わたしに怖い物はない、と公言した。もちろん神と、
そしてトルコのカリフだけは別にして、という注釈が付いた。


アチェの王宮はアチェ王の居所である。その中では、あらゆる仕事が女によってなされる。
男が勝手に入ることは許されない。王宮内で行われている王の私生活および公生活も、す
べての用が女の手で達せられている。話では、3千人の女が王宮内で生活しており、かの
女らはめったに宮殿から外に出ない。なにしろ宮殿内にパサルがあり、必要な物はたいて
いそこで買えるのだ。また自分で作った物をそこで売って金を得ることもできる。

各部門に長がいて、それぞれが独自に統制されているし、決まりを破る者を裁くために裁
判所もある。もちろん男の姿があるにはあるのだが、王宮内で働いている男は全員が宦官
であり、総勢5百人ほどいるそうだ。

王の妻妾は大勢いて、その中の20人ほどはアチェが征服した国の王女たちだ。最後に征
服した国はペラッで、そこの王妃の美しさは桁外れだったから、アチェ王はそのために病
気になったそうだ。

宮殿にはその他に奴隷が1千5百人いる。奴隷はたいてい外国人であり、王はだれかに刑
罰を与えたり、その者を殺したりするときに奴隷を使う。王宮の警護は女兵士の部隊が行
い、王の気に入らない人間を痛めつけたり殺したりするのは奴隷の役割になっている。王
宮の奴隷は悪辣残虐な人間として民衆から怖れられている。


アチェの町は城壁に囲まれた都市でなく、そのためにノルマンディの田舎の村のように見
える。王宮も金持ちの城のような感じだ。王宮の四周は2キロ足らずの長方形で、周りは
30フィートの濠に囲まれていて急な斜面と植栽のために通り抜けるのが困難になってい
る。土を盛り上げてあるのは、城壁の代わりにするためだ。盛り土の上は竹が密生してい
るため、人間が通り抜けるのは困難で、また内部を見通すのも難しい。内側からであろう
と外側からであろうと、その竹を切ろうとする人間は死罪を覚悟しなければならない。

王の居所に達するまでに四つの大門を通らなければならない。そのうちのひとつは煉瓦塀
で作られ、幅が50歩ほどあるテラスを支えており、その上にいくつかの建物がある。そ
のテラスは広大なアルナルンalun-alunの上に突き出た形になっていて、ボーリウはそこ
が武器庫になっているのではないかと推測した。アルナルンは4千人の兵士が整列できる
広さになっており、ボーリウはそこで一度、3百頭の象を集めて行われた儀式を見たこと
がある。[ 続く ]