「ヌサンタラのフランス人(22)」(2020年08月31日)

バタヴィア湾にはVOCの船が十四隻ほど停泊している。沿岸警備の小船がフランス船に
近寄って来て、オランダ語の文書をいくつか示し、来航の目的を質問した。

フランス船の目的を知ったファン・デル・ルイスVan der Luys港湾長はVOC東インド総
督に会うよう勧めた。港湾長がオランダ国旗への敬意を表して礼砲を十五発撃つようブー
ゲンヴィルに求めたので、ブーゲンヴィルも同じことをフランス国王に対して行うよう要
求した。港湾長はフランス船のためにさまざまな飲料と食材を用意してくれた。

さて、ファン・デル・パラVan der Parra東インド総督はバタヴィア城市から12キロほ
ど離れたヴィラで休養中とのことであり、太陽が昇ると暑くなるから、訪問は朝早ければ
早いほどよい、と港湾長は言う。総督はフランス人を歓待してくれた。VOC上級幹部た
ちもフランス人を公式晩餐に招いてくれた。政務長官、最高裁長官、海軍副司令官たちだ。
フランス人一行は家を一軒借りて住み、バタヴィアで唯一の乗り物である馬車を使ってそ
の地を見て回った。馬車は二頭立てだった。

ヤカトラJacatra通りにある上級幹部の邸宅は、すばらしい環境の中だ。運河沿いの広い
道路に大きい街路樹が日陰を作って並び、パリの一級道路に匹敵する素晴らしさである。


VOC側の歓待は続き、城市内の邸宅や城市外のヴィラで余興にコンサートや演劇鑑賞ま
で楽しませてもらった。演劇はオランダ人や華人の芝居だった。オランダ人のヴィラは美
しい庭園に囲まれて、中は涼しく心地よい。フランスのヴィラもこれには及ばない。ただ
問題は城市内の運河を流れる水が腐っていて臭いことだ。おまけに湿気が強くてヨーロッ
パ人の健康には最悪である。

街並みは整然としている。建物はいつやって来るか分からない地震にそなえて、二階建て
のものまでしか建てることが許されない。しばらく前からVOCは社員の私的な取引を禁
止した。社員の行う取引はすべて会社のためでなければならないのだ。更にVOCのため
に働いているすべてのヨーロッパ人は、本国送金をすべて会社を通じて行うよう義務付け
られた。会社はヨーロッパへの送金に上限金額を定め、そして8%の口銭をかける。もち
ろんヨーロッパへ行く人間に、密かに現金を委託することは不可能ではない。しかし東イ
ンドVOCが流通させている現金は独自のものであり、すぐに分かる。ヨーロッパで使う
ことはできず、両替が不可欠になるのだが、両替時に28%が割り引かれるから、馬鹿な
まねをする者はいない。


ブーゲンヴィルが見たバタヴィアの印象は、パジェの受け止めた印象とほとんど違わなか
った。バタヴィアほど社会階層が明確に区分されている土地は世界のどこにもないだろう、
とかれは書いている。

ひとりひとりの人間がそれぞれの社会的ポジションに置かれ、社会的にそれを明瞭に示す
シンボルと社会ビヘイビアを世間に表すことが厳格に行われている。ピラミッド構造の頂
点は総督であり、イードゥルヒールズedel-heersの称号で呼ばれる。その下が東インド参
議会議員、最高裁判事団、宗教機関トップであり、VOC幹部社員、海軍士官がその下に
いて、一般の兵隊たちは最下層だ。軍人がピラミッド構造の上部に置かれたことはない。

その理由は簡単だ。VOCは会社なのであり、軍隊は会社の下部構造における現場の武力
行動を担う機能しか持たないのだから。おまけに兵隊の大半は非オランダ人なのである。

東インド参議会は総督宮殿で週二回、議会を開く。参議院は総勢18人だが、喜望峰・セ
イロン・コロマンデル・ジャワ島東部・マカッサル・アンボンなどの地域行政長官が含ま
れていて、全員がバタヴィアに住んでいるわけではない。

ピラミッドの上部にいるひとびとは黄金で装飾された馬車を持ち、路上を通行するときは
ふたりの使用人が馬車の前を走って路上の人間を脇へよけさせ、馬車の露払いをするよう
なことが許されている。路上でかれらの馬車に出会った下層の馬車は、必ず停車して通行
の邪魔にならないようにしている。路上にいる人間は男も女も必ず立ち上がって、黄金の
馬車に敬意を表さなければならない。総督だけが黄金で飾られた馬車を6頭の馬に引かせ
ている。総督の馬車がやってくれば、自分の馬車に乗っている者も全員が馬車から降りな
ければならない。[ 続く ]