「ヌサンタラのフランス人(25)」(2020年09月03日)

バルザックの話は続く。

わたしがジャワでまだ長くないころ、この土地の不思議な話を聞いた。地上にあるその種
の樹木ではそれが唯一のもの、つまりウパスupasの木の話だ。その実はジャワで行われて
いる慣習の中で、きわめて大きい役割を果たしている。ジャワの伝統によれば、その木は
煮えたぎっている火山の中心部に植えられる。その場所で自然は火山にたいへん危険な元
素を排出させ、それが含んでいる毒素はその木に吸収されて継続的な同化作用が進行する。
どんな科学者の空想的な頭脳も大自然に、その木に、そのたった一枚の葉にすら及ばない
のだ。

ナイフをウパスの樹皮に力いっぱい突き立てるだけで、ナイフにはその瞬間にシアン化水
素酸の汚染作用が起こる。その有毒な鋼が人間の皮膚にちょっとでも刺されば、被害者は
痙攣や痛み苦しみを少しも示すことなく、即座に崩れ落ちる。人間に死をもたらすのは鋼
を汚染したその樹脂だけではない。その木全体が絶えず猛毒の気体を吐き出しているため、
ナイフをその木に突き立てたい人間は素早くそれを行って木から離れないと、突然死体に
なっている自分を見出すことになる。そうならないように、風上でそれを行うのが常識な
のだ。吹き抜ける風がその木を通った場合、風は何百メートルも毒素を運んで行く。風上
でナイフを有毒なものにしようとしていたジャワ人も、突然風向きが変わったら生きては
帰れない。

鳥も動物も、すべての生き物がその危険を知っており、その死の玉座を冒そうとしない。
木の根幹から枝が生えて周囲に広がり、恐怖の領域を拡大して行く。周辺を通る人間はま
すます減少し、木は自己の領土を確保する。周辺に何もない空間に一本の巨木が鎮座して
辺りを睥睨しているのは、あたかも一瞥で不徳の者の生命を失わせる古代アジアの王のイ
メージを彷彿とさせている。

わたしはその木を見に行った。わたしは可能な限りの用心深さで風下から向かった。ウパ
スの木が持つ死の勢力範囲の境界線から木を見たとき、わたしの心は震え上がった。あん
なにすさまじく怖ろしい光景をわたしは見たことがない。聖書に出て来る死体投棄場所や
文学者が描く空想の屍に満ちたシーンなど、ものの数ではなかった。

あたかも死の大王の権勢を示すかのように、大量の白骨がウパスの木の周りをまるで壮麗
な王冠のようにびっしりと取り巻いていたのだ。幹の近くには、白骨がまるで積み上げら
れているかのようなものもあった。屍は分解する地虫もいないまま、ただ風化の時を待っ
ているばかり。白骨は東インドの強い日差しを受けて、光を反射していた。陽光はさらに
すくみ上がるような怖ろしさを現出している。天を見上げて呪いを発しているように見え
る死体の眼はまるで燃えているように輝き、歯は無念の悔しさをかみしめるかのように固
く結ばれている。このサーカスの輪に入れ。観衆も、ましてや演者もいないこのサーカス
に。

世にも怖ろしい静寂を、白骨の擦れ合う音が破る。こんな光景を世界の他の場所で探して
見るがいい。[ 続く ]