「ヌサンタラのフランス人(26)」(2020年09月04日)

オノレ・ドゥ・バルザックはジャワへの現実の旅をしたことがないのは、つとに知られて
いることだ。かれはその時代に集められるだけのジャワに関する情報を集め、椅子に座っ
て空想の翼を羽ばたかせたのである。


ちなみにupasというジャワ語は毒を意味している。この毒の木pohon upasの伝説がはじめ
て世に登場したのは、1318年ごろにローマ法王の命によってアジアを旅したフランシ
スコ修道会の修道士オドリコ・ダ・ポルデノーネOdorico da Pordenoneの旅行記の中だ。

数人の旅人が休息しようとして、広い場所にある巨木の下にやってきた。ところがほんの
一分も経たないうちに、ひとりが倒れて死んだ。ほかの旅人たちは蜘蛛の子を散らすよう
にそこから逃げ出したが、ひとり、またひとり、と巨木からあまり離れないうちに地面に
倒れて死んだ。

その巨木、ウパスの木の話はヨーロッパ人に格別のセンセーションを感じさせたようで、
何百年にも渡って再生産され続けた。17世紀後半にはドイツ人植物学者ルンフィウス
George Eberhard RumphiusがVOC社員時代にマカッサルでウパスの木の幹のサンプルを
入手した。かれの歴史的大作「アンボンの植物」にもウパスの木が登場する。

この木の周囲では空気がひどく汚染されるため、鳥が飛んできて木の枝に止まっただけで、
その鳥は意識を失い、地面に落ちて死ぬ。


ヨーロッパ社会にウパスの木をもっとも広範に広めたのは、1783年のロンドンマガジ
ンにドイツ人ファースJohn Nichols Foerschが書いた記事だった。かれはジャワに住んだ
ことがある。

囚人は頻繁にウパスの木の樹脂を取って来るよう命じられてその場所に赴く。十人にその
仕事が命じられても、戻って来るのはひとりだけだった。

イギリス人文学者Erasmus Darwinが1791年に出した詩集The Botanic Gardenにウパス
の木は、死をもたらす怪物を生み出す聖なる木として描かれている。


本当にジャワにそんな木があるのだろうか?ジャワを征服したトーマス・スタンフォード
・ラフルズはアメリカ人自然学者トーマス・ホースフィールドThomas Horsfieldにウパス
の木について調査を命じた。そして明らかになったのは、ウパスの木はその樹脂が猛毒を
持っているだけであり、周囲の空気まで猛毒というのが大げさな話であることが分かった。
ただし樹脂の毒性はすさまじいものであり、ホースフィールドはその事実に驚いている。

ニワトリと犬にその毒を試してみたところ、ニワトリは即死し、犬はおよそ8分後に死ん
だ。原住民はこの事実を十分に理解していて、敵を殺すためにその樹脂を使っている。こ
の樹脂の毒に触れたら、ひとは痙攣して死んで行く。原住民はこの毒について熟知してお
り、マカッサルやボルネオ、あるいは東部地方の島々の民衆は竹の吹き矢に塗って敵や獲
物を倒す。

1812年のホースフィールドの調査報告には、そのような内容が記されている。このよ
り科学的な観察報告によって、その後の学者たちはヨーロッパに数百年間語り伝えられて
きた伝説が根拠のないものであることを啓蒙し始めた。

ウパスの木に関するわれわれの知識は、この話を故意にヨーロッパ社会に広めようとした
者たちの怖ろしい虚偽であり、同時に実体のないホラ話を信じようとする、偏見を抱く者
たちの過大な先入観が作り上げたものであると啓蒙者のひとりは述べている。

インドネシアには、いまだにこのウパスの木が存在している。ジャワでの名称はアンチャ
ルの木pohon ancar、学名はAntiaris toxicariaとなっている。[ 続く ]