「ヌサンタラのフランス人(29)」(2020年09月07日)

ラロルニェットはシアターの中や出入り口、シアター内でフランス人が開いているカフェ
などで販売され、売れ行きは上々だったようだ。「マスク劇の悲劇」と題する連続小説が
掲載されていたり、詩の一節やエスプリの利いたフランス人好みのバタヴィア批評なども
読まれ、さらにコミュニティ内で役立つ広告もあったから、内容的にも悪いものではなか
ったにちがいない。

ところが第39号まではとんとん拍子に進んで来たというのに、フランスの劇団が直近で
上演した「ロッシーニ音楽とウイリアム・テル」と題する芝居がデプラースの眼にたいへ
んな愚作であると映った。かれの演劇批評スピリットはそれを黙って見過ごすことができ
ず、痛烈で辛辣な批評がラロルニェット第40号に掲載された。

劇団側の逆鱗に触れたラロルニェットの流通がシアター内で禁止されることになる。バタ
ヴィア人にとって文化的クオリティの切磋琢磨よりもビジネス上の成功の方がはるかに重
要事項であったことは疑いもない。それはバタヴィア誕生以来、現在のジャカルタに至る
まで連綿と継続している栄枯不滅の鉄則なのである。

デプラースは第43号まで発行を続けたものの、売れなくなってしまったラロルニェット
は回復のきざしを見せず、デプラースは終に諦めて休刊宣言を出した。しかし復活の日は
やって来なかった。

ラロルニェットに掲載された宣伝広告の中には、次のようなものが見られた。

ー オジ・フレールではパリの最新ファッションレース製品、シャツ、靴下、女性靴など
が入荷しています。
ー ガンプチェノガンGang Petjenonganのマダム・デュフォール店は女性服の仕立てと、
シャツ・カラー・ネクタイ・子供服・仕立上がり服・スーツ・スコットランドスカート・
シーツ類など豊富な商品を販売しております。
ー パリの著名テーラー、マダム・タバーディは全バタヴィア女性に日用服やパーティド
レスの仕立てをお任せくださるよう、お願いします。
ー マダム・コードレー店はフランス製の新着女性下着を取り揃えております。
ー 金箔・絵画・銅加工・絵画と家具修理のC.ベイリーで浴室鏡・支え具・透写紙・大
理石・透写用ビロード・皮革などをお求めになれます。
ー 音楽レッスン。ファン・デン・ボシュ防衛線(ブグルブサールBungur Besar)の海軍
司令部裏の管弦楽団長Aマルタンはバイオリンと歌のレッスンをお引き受けします。
ー レイスウェイクの香水店ペクーは女性ヘアデザインの専門家です。


バタヴィア居住者人口の中でヨーロッパ人はヨーロッパ系プラナカンを含めて5%に満た
なかった。人口のマジョリティは東インドのプリブミであり、しかも地元ブタウィ人より
も外来種族のほうが圧倒的多数を占めた。現代ジャカルタでブタウィ種族がほぼ消滅しか
かっている状況は何百年も前から始まっていたと言うことができるだろう。

外来種族のムラユ、ブギス、バリ、アンボン人たちはたいていが同一種族コミュニティを
作って居住した。バタヴィア一帯の域内で同種族カンプンは12カ所に分散した。一方、
非プリブミとしての華人はバタヴィア総人口の25%に達し、華人コミュニティのメイン
はグロドッGlodokとパサルスネンを華人カンプンにした。

インド人コミュニティはパサルバルで絹布を含む布販売の主流を握り、アラブ人コミュニ
ティはプコジャンPekojanとタナアバンを主テリトリーにした。[ 続く ]