「米の優良銘柄」(2020年11月03日)

西ジャワ州チアンジュルCianjurにはパンダンワギpandanwangiがあり、中部ジャワ州クラ
テンKlatenにはロジョレレrojoleleがあるように、南スマトラ州ムシラワスMusi Rawasに
はダヤンリンドゥdayang rinduがある。ダヤンリンドゥは米粒の食感がもっちりしていて、
香りがある。

ところが、国内のどこへ行こうがパンダンワギ米もロジョレレ米も容易に見出すことがで
きるのに、ダヤンリンドゥ米はほとんど出回っていない。地元のムシラワスでさえそうな
のだ。地元の農民によれば、農家は収穫を一年間の自家消費と祝い事のために貯蔵する。

更に次の作付期の種のために分ける。その上でさらに余剰があれば、はじめてそれを市場
に売るのだそうだ。だから地元でさえダヤンリンドゥが出回るのは収穫期の直後だけで、
それを過ぎればもう手に入らない。生産者農民の自宅の米蔵に一年分がしまい込まれてい
るのだ。


ダヤンリンドゥの稲穂は黄金色で、米粒は小さく長く、端が曲がっている。色は真っ白で
なく、硬い。ところが米を炊くと隣近所まで香りが立ち昇る。これはムシラワスにできた
地元種なのである。別の土地で植えてみることは当然なされたが、土地が変わると米はで
きても香りがなくなってしまうとのことだ。

地元説話によれば、天上の住人プトリダヤンPutri Dayangが貧しい民を助けるために稲を
持って来たことになっている。民衆は代々それを植えて食を得ることができた。民衆はプ
トリダヤンの恩を忘れないよう、その稲をダヤンリンドゥと呼ぶようになった。

ダヤンリンドゥが生育するためには水分の多い土地が望ましい。川に近い土地がその筆頭
候補だ。川に近ければ近いほどよく育つ。発育が良ければ稲の茎は2メートルを超える。
ムシラワスのムシ川流域は肥沃な土壌であることを農民は誰もが認めている。ある農民は
2ヘクタールの地所から26袋のダヤンリンドゥのモミ米を収穫し、それを米蔵に蓄える。
1袋は50キロ相当だ。別の農民はIR60を植えており、3ヘクタールの水田から40袋を
収穫するそうだ。

ムシ川流域のムアラクリギMuara KelingiとババットマンBabat Tomanの間には農民が開墾
した陸稲畑がたくさん見られ、雨季の最初の雨を合図にして陸稲の種が一斉に植えられる。
種植えは地面に浅い穴を作ってそこに種を置く。雨で発芽し、放っておいても茎が伸びる。

ダヤンリンドゥの植え付けも、他の陸稲と同様に木の棒で地面に穴をあけ、種を撒く。雨
と地下水が茎を背の高いものにする。

ダヤンリンドゥは陸稲だから、ゴム林の木の隙間で栽培することも可能だ。ゴムの木が三
歳未満であれば稲の発育は旺盛だが、三歳を超えると枝葉が茂って稲に日光が当たりにく
くなり、発育が悪くなる。

ダヤンリンドゥの茎は頑丈で、曲がったり折れたりしないから、大量栽培される稲の中で
は珍しい特徴になる。陸稲だから灌漑が不要であるものの、その結果、作付期は年一回だ
け。作付期間は150日で、一般的な種が4カ月未満であるのに比べて長い。普通は毎年
10〜11月に植えられて、3〜4月に収穫される。雨季になって雨が降り始めると、ひ
とびとは種植えを行うのである。

苗の世話も伝統的な方法が続けられている。肥料や殺虫剤はまったく使わない。もし害虫
に襲われたら、天然素材を調合した薬を用意し、呪文を唱えて田の四隅に撒くのである。

稲が実るとそれを狙って鳥やサル、イノシシなどがやってくるため、その時期になると農
民たちは田の中に設けた小屋に寝泊まりして稲を守る。イノシシを防ぐために、田の周囲
を有刺鉄線で囲んだりする。

稲の育て方については、民衆が伝統的な方法で行っているだけで、学術的見地からの科学
的方法への改良はまだ行われたことがない。農民たちはその面での政府の指導を望んでい
るのだが、政府に余裕がないというところのようだ。

そのせいか、ダヤンリンドゥの生産性はヘクタール当たり1.5トンで、あまり良いとは
言えない。収穫されたダヤンリンドゥを売る場合にまったく手間はかからない。取り入れ
をしている田があると、仲買人の方が何人も寄って来る。


インドネシアにあるローカル種の稲は数千にのぼる。各地方でその土地の標高・局地気象
・土壌に即したものが存在しているからだ。ところがそのローカル種を別の土地へ持って
行って植えても、成果は劣るのが普通の現象になっている。

ローカル種を大量栽培農法で育てることができないわけではないが、作付期間を短くしな
ければならず、そのために味の似通った短期種と交配させて新種を作らなければならない。
ダヤンリンドゥでその試みは既に行われており、農業省は北スマトラのアエッシブンドン
aek sibundongとの交配を成功させている。その品種は作付期間が105日で、生産性も
ヘクタール当たり6トンになる。農民はこの種を購入することができるようになっている。