「インドネシアのウナギ(1)」(2020年12月21日)

日本でかば焼きにされるウナギのことをインドネシア語ではsidatと言う。ところがしば
しばbelutと混用されるため、KBBIはsidatの語義をbelutとしており、belutの語義に
は学名Monopterus albusを添えている。Monopterus albusは日本語のタウナギであって、
日本ウナギの属名ではない。ウナギの学名はAnguillaだ。ヌサンタラの伝統文化の中で、
この種の魚類があまり生活の中に深くなじんでいなかったことをそれが示しているように
わたしには思われる。

sidatにはまた地方語があって、スンダ語はmoa/Lubang、ジャワ語Pelus、スラウェシでは
Sogili/Moreaなどの名称で呼ばれている。食文化の外で、ウナギと深く関わっている種族
がヌサンタラにある。


「何百年も昔、サラフトゥSalahutu山系から飛んできた聖なる槍がここに突き刺さりまし
た。槍を引き抜いたら、下から水が噴き出して来たのです。それ以来、モレアMoreaがこ
こに住むようになりました。」中部マルク県サラフトゥ郡ワアイWaaiにあるワイセラカ
Waiselakaの泉の水守はそう物語った。

中部マルク県の地方史によれば、17世紀に布教のためその地を訪れたホンデン・ホウレ
ン神父が、サラフトゥ山系にある7カ村の住民に海岸部の平地への移住を勧めた。山中よ
りも低地の方が、生活物資を豊富に手に入れることができる。

ワイセラカの泉の由緒がどうであるかは別にして、この泉がワアイ住民5千人の貴重な生
活用水源であることは疑いがない。ワアイで唯一のこの湧水池のすぐ下に水を導いた石造
りのため池が作られ、ため池の端には水門が設けられていて、そこを通過した水は川にな
って海に向かう。住民は湧水池から出たばかりの水を家庭用水のために汲みにくる。ため
池でマンディし、水門近くで洗濯をする。

離れた部落の近くまでパイプで湧水を送っているものの、その取水場で得られる水はあま
りきれいでないため、かなり離れた所からも住民はワイセラカまでやってくるそうだ。


湧水池にも、ため池にも、野生の魚が住んでいる。鯉などの淡水魚と共にモレアもいる。
聖なる槍が作った聖なる泉を住民たちは神聖視しており、周囲の状況は可能な限り昔から
の自然な状態が維持され、樹木が古くなって枯れる前に新しく植樹がなされている。ため
池の清掃も毎週行われる。毎週日曜日の朝に教会から戻ると、住民は鍬や櫂あるいはサプ
リディsapu lidiを手に手にやってきて、ため池の底にたまった汚れを水門の外に流し去
るのだ。

そんなとき、ため池に降りる石段にいる体長1メートルもある巨大なモレアの姿をじっく
り観察することができる。いやそれどころか、その三倍はあろうかという超巨大なモレア
が、汲み出されて浅くなったため池の隙間にうずくまっているのを見ることもある。

この聖なる泉に住む生き物は聖なる存在であるため、獲ることが禁じられているのだ。マ
ルクの他の場所では周辺住民が川に住む、モレアを含めて食べられる生き物を何の遠慮も
なしに捕獲していても、ワイセラカの泉ではだれひとり、そのようなことをする人間がい
ない。

聖なる泉伝説がマルクの他地方住民をワイセラカ観光に招き寄せるようになった。やって
くる観光客の多くは、ワイセラカの泉の水を飲んだり、そこでマンディすれば、万病への
効能を授かると信じている。地元民のひとりは言う。
「わたしゃ、毎日ワイセラカの水を飲み、マンディしていますから、そんな話は信じちゃ
いませんが、そういうことを言う観光客はたくさんいますよ。」

観光客が一日に50人くらいやってくる日もあるそうだ。マルク人だけでなく、インドネ
シアの他の都市から来る人もあるし、オランダ人やアメリカ人が来ることもある。外国人
は巨大モレアを目撃して、話のタネを土産に持ち帰るのだそうだ。水守が鶏卵を巨大モレ
アに食べさせるとき、巨大モレアは岸辺に寄って来る。観光客がモレアの身体に触れるこ
とができる機会だ。そのアトラクションはなかなか好評であるという話だ。[ 続く ]