「インドネシアのウナギ(2)」(2020年12月22日)

東ヌサトゥンガラ州フローレス島エンデにも、聖なる巨大ウナギがいる。但しコンパス紙
はbelutと書いているので、そのつもりでお読みください。

エンデEnde県デトゥソコDetusoko郡ウォロトロWolotolo村はエンデの町から国道でおよそ
20キロ離れた所にある。そこでは、ウナギは神聖であるどころか、住民たちの祖先であ
ると信じられているのだ。ご先祖様を捕獲してその肉を食おうという親不孝者はめったに
いるまい。いや、もっともっと恐ろしい話が代々伝えられているのである。

ご先祖様の肉を、場所がどこであれ、親類縁者の誰であれ、たとえ知らなかったとしても、
それを食べれば一族に病気や事故などの災いが降りかかって来る、というタブーが存在し
ている。

「ウォロトロの住民だけではありません。家族関係にある者がエンデの外であろうが他の
州であろうが、たとえばジャワに住む親せきがタブーを知らずに食べたということであっ
ても、ここにいる親戚に悪いことが起こるのです。タブーが破られたときには、ウォロト
ロではウナギに餌をあげて赦しを請わなければなりません。」ウォロトロ村長はそう語っ
ている。


ウォロトロ村のアエケウAe Kewu部落を流れるロウォマモLowomamo川を地元民はたいへん
神聖視している。この川に棲むウナギに悪さをしようとする者はひとりもいない。触った
り捕まえたりすることは別にかまわないのだが、その肉を食べることは絶対にタブーなの
である。

そこに棲む年経た巨大ウナギは今や観光オブジェクトになっている。ウォロトロの神聖な
る「おウナギ様」なのである。おウナギ様との御対面はウナギ守に頼まなければならない。
ウナギ守に指名されているのはアエケウ部落長だ。

おウナギ様の取材のためにコンパス紙記者はアエケウ部落の部落長宅を訪れた。部落長は
外出しており、奥さんが応接した。来意がおウナギ様のことであるのを知った奥さんはと
つぜん姿勢をあらため、声を落として用心深い口調に変わった。記者が写真を撮りたいと
言うと驚き、タブーの説明を行い、おウナギ様のことについて「良からぬことに使われて
はならない。ここでしている話もおウナギ様、つまりご先祖様の耳に入っているのですよ。
」と語った。

しばらくして部落長が戻って来た。御対面するだけなら、ニワトリを切るだけでよいから、
それにプラスして手伝いの男衆にタバコ銭をやってくれればいい、と言う。もし願掛けで
あるのなら、赤羽根のニワトリを切らなければならず、加えてアダッ儀式も行う必要があ
るとのことだった。県外からやってくるひとのなかには病気の治癒の願掛けを行うひとが
いて、精神を病んだひとの治癒を願うのもよくあることだそうだ。


奥さんは家の奥に入ってヒヨコを一匹持って来た。ニワトリの血を使っておウナギ様を招
き寄せるのだと言う。いよいよ百メートルほど離れている川へ行く段になった。部落長は
少年をひとり連れて来た。ヒヨコを切る役目のためだ。

川に着くと少年はヒヨコを切って、その血を川に落とした。そしてヒヨコの肉をそいで木
の枝に刺し、水面に突き出す。部落長の「マイマモ〜、マイマモ〜」というおウナギ様を
呼ぶ声が水面を渡って行く。しかしおウナギ様が出現する気配はない。
「おウナギ様がやって来ない時は運が悪いということだ。お怒りになっているのかもしれ
ない。姿を現わす場合でも、一匹だけなのか二匹なのか、黒いのが来るか赤いのが来るか、
そのときによって違う。運次第ということでもあるし、やってきたひとの意図次第という
ことでもある。もし二匹が姿を見せれば、それは良いことを意味している。やってきたひ
とにとって幸運ということになる。」

8メートルほど移動すると、2匹の黒いウナギがいた。枝に刺した鶏肉をそちらに突き出
してやったにも関わらず、ウナギは尾で水をはねただけで、食べようとしない。部落長は
驚いて言う。「こりゃあ、お怒りになっているようです。食べようとしませんから。」
部落長は少年に、水に入って撫でてこいと命じた。少年は言われた通り、体長50センチ
ほどのウナギを撫でてやりに川に入った。そのあと、また鶏肉を突き出すと、おウナギ様
はやった食べてくれた。[ 続く ]