「続・ヌサンタラの酒(終)」(2021年01月14日)

ミナハサでアレンヤシの木はセホsehoという名前で、その花穂から採れる白い液体はサグ
エルsaguerと呼ばれている。ここでも住民はセホを叩いたり揺すったりして、良質のサグ
エルをたくさん吐き出させるのに努めている。サグエルの品質はその可愛がりようと花穂
の下に吊り下げてサグエルを溜める竹筒の良し悪しに影響される。

砂糖のように甘いサグエルを得るためには、花穂から出てくるサグエルを直接受け止める
位置に竹筒を構えること、ろ過機として使うセホの繊維がきれいなものであることが重要
条件だそうだ。サグエルが良質であればあるほど甘く、それを使って生産する蒸留酒は高
品質のものになる。

アルコール度について言うなら、サグエルは出てくる最初からアルコールを5%ほど含有
している。そのサグエルを熱して蒸気を竹パイプに通し、その先端で冷えて水滴になった
ものがチャップティクスである。ほとんどの生産者は先祖代々伝えられて来た方法を使っ
て蒸留作業を行っており、その器具や作法次第でアルコール濃度に差がつくのだが、だい
たいが40%を中心にしてばらつく程度だ。

一般庶民がほとんど毎日自宅で行っているチャップティクスの製造は、まずセホの世話か
ら始まる。花穂の周囲をたたくのは4日間くらいで、甘いサグエルが採れても蒸留すると
きは酸っぱくなっていなければならないらしい。蒸留作業はポルノpornoと呼ばれる炉が
使われ、サグエルはドラム缶にいれて熱せられる。6ガロンのサグエルから1ガロンのチ
ャップティクスが得られる。

蒸留が始まると、最初の2瓶はアルコール度が45%を超える。これはチャクラムcakram
と呼ばれて特別扱いされる。その後はどんどん低下して行って、30%程度まで落ちてし
まうとのことだ。


ミナハサでは、はるか遠い昔から、男たちが野良仕事に出かける際に、毎朝早くソピを一
杯引っかけて出るのが習慣になっていた。だからどの家庭もがソピを作り、自家消費を行
っていたのである。郷土文化の一形態と言えるだろう。

早朝の一杯は寒気を払い、仕事の意欲を煽る駆動エネルギーだった。ショットグラスのよ
うな小さい器で一杯ぐい飲みをして出かける姿は、きっと男の世界だったのだろう。ショ
ットグラスのことをインドネシアではスロキselokiと呼ぶが、これもオランダ語のslokje
に由来しているそうで、意味はそのものずばりのぐい飲みだ。

毎朝、ぐいをやっている者の中に依存症に向かう者が出るのは当たり前のことだ。だから
かれらの先祖はそれを戒める格言を語り伝えた。スロキひとつは血を増やす。スロキふた
つは監獄行き、スロキみっつは地獄行き。

それでも地獄行き候補者の絶えないのが人間界の常で、北スラウェシ州警察によれば、マ
ナドを含むミナハサ一円の犯罪事件は、その5割超がチャップティクスで血と度胸を増や
した犯人によって行われているそうだ。かれらはスロキどころか、320cc小瓶をぐい
飲みしているはずだから、落ちる地獄はいったい何層下の地獄なのだろうか?


ミナハサのワルンや飯屋・食堂では、たいていサグエルが売られている。客はまずサグエ
ルを軽く胃の中に落とし込んで食欲を煽り立たせる。アペリティフと同じだ。売れ残った
サグエルはもちろんチャップティクスに変身させられる。庶民の作るチャップティクスの
アルコール度はだいたい40%前後だが、器具と作法の優劣で上か下かの違いが出てくる。
さらに作ったあと熟成させると、アルコール度はもっと高まる。ミナハサの酒飲みたちは、
良質のチャップティクスは火をつけると青い炎が出ると語っている。

昨今のミナハサで流通している洒落た小瓶入りのチャップティクスは製造メーカーがあり、
この会社は1978年に公式登録をして生産を開始した。行政と官憲は市場統制のために
この製品だけを域内のワルンや食堂で販売させる方針で臨み、一般市民が作っているもの
の市場流通を禁止したが、最初は何千人もいる生産者が猛反発して反対デモが行われてい
る。結局、その製造メーカーは一般生産者が作るチャップティクスを公定価格で買い上げ
る義務を負わされ、一般生産者が近隣のワルンに売っていた状況は、そのメーカーに一手
販売する形に変わって落着したようだ。[ 完 ]