「ムルデカ(1)」(2021年02月03日)

日本人はインドネシア語・マレー語のムルデカという言葉を名詞にしてしまったようだが、
インドネシア語もマレーシア語もmerdekaは形容詞だ。この一事にかぎらず、インドネシ
ア語学習者が日本語を使ってインドネシア語を勉強しようとするとおかしなことになりか
ねないから、用心する必要がある。

日本人が意図している「独立」という政治的概念としての名詞はインドネシア語マレーシ
ア語でkemerdekaanであって、merdekaではない。merdekaが単独で使われる場合はたいて
い、政治的概念の「独立」とは違う意味で使われることの方が多いように思われる。

KBBIはインドネシア語merdekaをこう定義付けている。
1. bebas (dr perhambaan, penjajahan, dsb), berdiri sendiri
2. tidak terkena atau lepas dr tuntutan
3. tidak terikat, tidak bergantung kpd orang atau pihak tertentu, leluasa
インドネシア語シソーラスにはこう記されている。
1. bebas, lolos, berdiri sendiri, independen, langgas, mandiri, otonom
2. berlapang-lapang, leluasa, lepas, los(cak), sesuka hati

つまりこの言葉は「他者からの支配、拘束や束縛、あるいは負債や義理などから免れてい
る自由な状態」「自立している状態」を意味しているようだ。

国家民族の独立性に関連して使われる場合、ムルデカの語は政治的意味合いにおける「独
立」と同時に、異民族の支配からの解放と自由の奪取という二重の語感が重ね合わされて
いたのではないだろうか。独立維持闘争期に戦士たちが拳を振り上げて叫ぶ「ムルデカ」
の合言葉の中には、自由と独立というふたつの観念がこのひとつの言葉の中に溶け合わさ
れていたように思えてしかたない。

いや現在でさえ、政治的概念を持たせたmerdekaの語が使われるとき、自由や解放のニュ
アンスがつきまとってくるのは、KBBIが示している語義が反映されている証左に間違
いあるまい。


このmerdekaはサンスクリット語のマハルディカmaharddhikaに由来しているというのが通
説になっている。サンスクリット語のマハルディカは「豊かな、繁栄した、強力な」とい
う意味だそうだ。

ところがなんとややこしいことに、サンスクリット語からそのままヌサンタラ住民が使う
ようになった他の語彙と異なり、この言葉は最初ポルトガル人がマルディカmardicaとい
う言葉にして使い、それを引き継いだオランダ人がマーダイカーMardijkerという言葉に
変え、それがヌサンタラ住民の間に浸透してムルデカmerdekaになったという複雑怪奇な
歴史を持っているのである。

確かに、マハルディカの語義とKBBIに記されたmerdekaの語義を見ると、そのいった
いどこに関連性があるのだろうかと首をかしげたくなる。それを見破られた方がいらっし
ゃるなら、ぜひご高説を拝聴したいものである。[ 続く ]