「スマトラトラ(5)」(2021年02月05日)

トラの骨はまた、伝統漢方医薬で重宝されているものでもある。特別な薬効があると信じ
られていれば、値段を高くしても売れる。中国大陸にはその巨大な潜在性があるというこ
とだろう。だからスマトラトラの骨がキロ数千米ドルで売られる。だがインドネシア国内
での需要はたいしたものでないためにキロ10〜15万ルピアでしか売れない。2003
年のルピア対米ドルレートは8,570ルピア。

インドネシアでは、スマトラ島にしかいなくなったトラの密輸出はシンガポール・マレー
シアに向けてなされてきた。中でもシンガポールが最重要拠点になっていると関係者は一
様に見ている。そのために地理的メリットにおいて、リアウ州がシンガポール向け密輸出
の表門の役割を持たされた。距離的に近いこと、多島海であって隠し場所の潜在性が高く、
人の目もまばらだ。ジャンビや西スマトラなどのトラの棲息州で狩られたトラもリアウを
通って国外に流れて行くのである。

かつては生きたままトラを密輸出することも行われたが、骨ビジネスに特化するならトラ
が生きている必要性は皆無であり、かえってその世話や発見される可能性が高まることな
どから歓迎されなくなるのは自明の理である。

リアウがトラ密輸出の表門であることが判明したのは1988年だった。それ以前に事例
があったのかなかったのかは闇の中だ。1988〜92年の間にインドネシアは11ある
トラの骨輸出国中のトップに立った。その4年間に3,992キロのトラの骨がインドネ
シアから輸出されたとされている。一頭のトラが平均して8キロの骨を持っているとする
なら、逆算してほぼ5百頭のスマトラトラがそのために殺されたことを意味している。ト
ラは死して皮を遺し、トラは殺されて骨を取られるのである。


2005年9月、リアウ州プルラワンとロカンヒリルの両県で過去二カ月に三人がトラに
襲われ、ひとりが死亡した。その結果、州内の2005年の死者はふたりになった。

犯人のトラは老齢で森の中での縄張り争いから追い出された者らしく、また密猟者の罠で
脚に後遺障害を持っているとの推測が証言や状況から得られている。人間が森を狭めてい
けば、縄張り争いから脱落するトラの数が増加するのは目に見えている。

2001年から2004年までの間にリアウ州で人間がトラに襲われた事件は50件あり、
27人が死亡している。トラに殺された人間のリストがこれでまた長くなったわけだ。被
害者はたいてい農民・木こり・森林での作業者たちで、森林を切り拓く作業をしていて襲
われた者も少なくない。トラが部落にやってきて、家畜だけを食って帰った事件はもっと
多数に上っている。

ドゥマイの町からスピードボートで二時間半の距離にある島の森林を自然保護地区に指定
し、野生のトラをそこに移す方針をリアウ州は数年前に定めた。スヌピスという名のその
森林とテッソニーロ国立公園が野生トラのハビタットになったわけだが、州内に棲息して
いる野生トラはまだ人間の生活領域に近いエリアにたくさんいて、それらを保護地区に移
すのはたいへんなプロジェクトになる。

ところが、そのスヌピス森林は総面積が8万Haあるにもかかわらず、開墾が進んで森林
と呼べるものは6万Haしかなく、それも周辺は既に人間の活動領域になっているために
政府が自然保護地区に指定したのは2万Haを下回っている。

スヌピス森林には野生トラが53頭ほど棲んでいて、スヌピス森林の辺縁地区で人間がト
ラに襲われる事件も2004年だけで2件発生している。WWFインドネシアによればそ
の島の沿岸部まで出てくるトラが9頭はおり、島の住民との接触が起こるのは避けられな
いだろうと見ている。[ 続く ]