「ヌサンタラのライオン(5)」(2021年03月09日) シ~ゴバロンの他にもこのショーにはワロッwarok、ジャティランjathilan、ブジャンガノ ンbujang ganongたちが登場して、単なる舞踊芸能を超えた野天における集団舞踊劇のお もむきをふんだんに感じさせてくれるものだ。もちろん、ガムランとルバブの音楽団が歌 唱を伴って伴奏を続ける。 ワロッというのは男性舞踊者で、見るからに男っぽい姿で格闘技の形を舞う。ワロッはジ ャワで言うカヌラ~ガンkanuranganをマスターし、人間生活の機微を深く認識して人間の 生き方をもマスターした者という想定になっていて、つまりは昔のジャワにあった男の理 想像の具象化という意味付けがなされているようだ。カヌラ~ガンとは超自然の術が加味 された格闘技のことであり、ワロッは一般の者に善き生き方を教え指導できる人間、つま りウワラwewarahを語源にしている、と言われている。 一度身に着けた超自然の術は女との性交によって失われてしまうとされていて、超自然の 術を維持しようとするなら女との交わりは禁忌になり、そのためにワロッは寵童を持つこ とになる。グンブラッgemblakと呼ばれる寵童をワロッは身辺から放さず、グンブラッが あたかも妻のようにワロッの世話を焼くのである。だからワロッが街中に出るときもグン ブラッを連れ歩き、自分と寵童の関係を世間に見せつける。そうすることで世間はそのワ ロッが超自然の術を維持している真の男であるという認識を抱く。現代西洋文明の中にか れの居場所はきっとあるまい。 ジャティランは騎馬兵団を象徴したものだ。踊り手は馬型にまたがるような恰好で軽快な 群舞を見せてくれる。元々、レオッは男性ばかりが出演した。ジャティランも女性っぽい 動きをする男性たちが踊っていたのだが、1980年代にジャカルタフェアに招かれたと き、娘たちのジャティランに代えて公表を博した。それ以来、この騎馬兵団は女性が演じ るようになったそうだ。 ブジャンガノンはワロッ風の老人の姿をしている。かれは道化として登場するため、ワロ ッやジャティランが集団で群舞を披露するのに反して、ひとりだけで出てくる。コミカル な所作や時に観客を誘って面白おかしく舞台を盛り上げるので、子供たちには特に人気の 高い登場人物だ。ブジャンガノンの正式名はパティ・プジョンゴ・アノムPatih Pujangga Anomであり、かれの格闘技術は並みのワロッをはるかに凌駕するものなのである。 このレオッポノロゴは5百年の歴史を持っていると考えられているが、オルバ政権はこの 芸能の上演を禁止したことがある。アンチスハルト勢力がこの舞踊劇で民衆を集め、そこ で反スハルト思想を民衆に注入することを恐れたためだったという話だ。全編が武張った 雰囲気を盛り上げていくのだから、雰囲気に呑まれて戦闘的な精神に変化する素朴な人間 が出るだろうことは確かに想像できるのだが。集団催眠が日常的な社会でなければ、その ような懸念は起きないかもしれない。 このレオッポノロゴには故事来歴がある。ずっと昔、今のポノロゴ地方にバンタルア~ギ ンBantaranginという名の王国ができた。これはポノロゴ地方に伝わる伝説である。 王国とは言っても、広範な地域を支配し、地方領主の上に立って全小王に号令するような 規模のものでなく、多分地方領主程度の権勢を持ったものだったように思われれる。バン タルア~ギン王国の発端は、クロノ・スウォンドノKelana Sewandanaが王位に就いたとき に始まる。この話はあるレオッグループのリーダーの長老が語ったものであり、語り手が 変わると話の中身も変わってくるのが口承社会の常識だから、口承社会にはオーセンティ ックな物語はないと思って身構えるほうが読者は精神の安定を保てるだろう。[ 続く ]