「ヌサンタラのライオン(6)」(2021年03月10日)

バンタルア~ギン王国は西のラウ山Gunung Lawuと東のウィリス山Gunung Wilisにはさまれ
た、うっそうたる密林に閉ざされたエリアだった。最初その地を開いたのは三人の聖者で、
クロノ・スウォンドノとプジョンゴ・アノムがそこへやって来て、支配者になった。

そのふたりはラウ山に住む聖人バラモンのスナン・ラウKi Sunan Lawuに弟子入りして修
行を積み、師から免許皆伝を受けて下界に下りて来たのである。カヌラガンの術をマスタ
ーしたふたりを送り出すとき、師はスウォンドノに鞭サマンディマンを与え、師の許しを
得ずにこの鞭を使ってはならぬ、と禁じた。プジョンゴ・アノムは白ヤマアラシのお守り
を与えられた。そして女を遠ざけなければ免許皆伝を得たカヌラ~ガンの術は維持できな
いとの警告も与えられた。

ふたりはバンタルア~ギンの地にやってきて、そこを新天地にしようと考え、スウォンド
ノが王になり、プジョンゴ・アノムが宰相になった。ふたりのカヌラ~ガンの術がたいそ
う優れていたことから、近隣の村々の住民はこぞってプラブPrabu・スウォンドノを指導
者に仰ぎ、王国としてふさわしい兵力が整えられ、ワロッ軍団や騎馬兵団を中核とする王
国軍が生まれた。王と宰相が手ずから戦闘技を指導したため、強力な軍隊ができあがった
のである。

強力な軍隊のおかげで、バンタルア~ギンの地を支配下に組み込もうとして攻めてくる隣
国もなく、王と宰相以下、全員が平穏な暮らしを楽しんでいた。王も宰相も師の教えを守
り、結婚をせずに見目麗しい寵童を何人も持って暮らしていた。王国の幹部たちもみなワ
ロッであり、王と宰相に従ってグンブラックを持った。ところが、長引く平和の陰で、何
かがおかしいという感触を持つひとびとが増えてきた。プラブ・スウォンドノもそのひと
りだった。

このまま自分が年老いて行けば、次の王になるのはいったい誰なのか?王の血を受け継い
だ王子が王位を継承することが行われないなら、次代の王位をめぐって血の嵐が吹きすさ
ぶかもしれない。それでは、平和は保たれないではないか。

王と宰相は相談し、王妃を迎えようということに意見が一致した。自分が身に着けた神通
力の術が使えなくなるのは、仕方のないことだ。王の護衛兵が強ければ、そのような術は
王にとって宝の持ち腐れになるだけだ。さて王妃はだれがいいだろうか?

クディリKediriの王宮に比類ない美貌と人格優れた姫がいるという話が耳に入った。その
名をディヤ・アユ・ソンゴ・ラ~ギッDyah Ayu Sangga Langitと言う。プラブ・スウォン
ドノの妃として申し分あるまい。ならば、その姫をもらい受けるためにクディリ王ルンブ
・アミセノLembu Amisenaに申し入れの使節を送ろう。宰相、そちが直々に参るように。


プジョンゴ・アノムの使節団は華麗に着飾ったワロッ軍団や騎馬兵団を従え、貢納品を携
えてクディリに向かった。一行はウィリス山南麓を通って、山の向こう側にあるクディリ
に向かう。

当時、トゥルンガグンTulungagung一帯は道なき道の奥深い森林のど真ん中。野獣と魔物
が支配する地域であり、このウンクルWengkerと呼ばれる魔界は東ジャワ南部地方に延々
と続いていた。ブリタルBlitarに近いロドヨLodoyoという土地にシ~ゴバロンという名の
トラの王がいて、あるとき夢を見た。ロドヨは洪水で滅び、手下のトラや他の野獣は全滅
し、シ~ゴバロンとかれが可愛がっている孔雀だけが生き残るのだそうだ。シ~ゴバロンは
敵の侵略を懸念した。直ちに部下の野獣たちを集め、特にトラの群れに対して魔界の西の
果てを厳重に見張るよう命じた。軍勢を通してはならぬ。トラ戦闘部隊はトゥルンガグン
目指して走った。シ~ゴバロンもその後を追ってゆっくりと西に向かった。[ 続く ]