「イギリス人ウォレス(6)」(2021年04月16日)

ロンボッでササッ人の生活を統治している慣習法は血なまぐさいものだ。盗みは死刑であ
る。カーター氏はかつて、自宅の金属製コーヒーポットを盗まれた。盗人は捕まり、コー
ヒーポットは戻ったが、官憲がカーター氏のところに盗人を連れてきて、妥当と思う方法
で罰せよと言う。かれらは、その場でクリスで突き刺せとカーター氏にアドバイスした。
そうしなければ、そいつはまたあなたから何かを盗むに決まっている、と言う。しかしそ
の実行はカーター氏に容易にできるものではない。

カーター氏は、もう一度わたしの敷地に入ったら射殺する、と盗人に警告して放免した。
ところが数カ月後、同じ盗人がまたカーター氏の馬を盗んだ。馬は戻ったが、盗人は捕ま
えられなかった。

日没後、家の中にその家の主が知らない人間がいたら、その者はクリスで刺殺され、死体
は家の外や海辺に投げ捨てられる。そのことを問題視する人間はひとりもいない。それが
ロンボッの慣習法になっている。


妻になった女性の倫理は厳しい社会監視下に置かれている。もちろん、人間の嫉妬がその
社会倫理を作り上げたことは疑いがない。誰かの妻になった女は、タバコであれシリの葉
であれ、どんなつまらない品であれ、夫でない男から受取ってはならない。その倫理を犯
せばクリスが女の生涯を閉じるのである。

数年前にイギリス人商人がバリ人上流層の女性を伴って移住してきた。その女性は現地の
ラジャの一族とも関わりのある人間で、原住民からは高貴の女性と敬われていた。何かの
祭りのときに、その女性が夫でない男性から花か何かを受取ったことがあった。それが世
間で話題になりラジャの耳に入った。

ラジャはすぐさまイギリス人商人に使いを送り、バリ女性を差し出すよう命じた。イギリ
ス商人は罰金をいくらでも払うから赦してほしいと言い張り、ラジャはイギリス人の名誉
を重んじてこの問題を取り下げる姿勢を示した。

ところがしばらくしてから、ラジャの使いがイギリス商人の家を訪れ、ラジャからの贈り
物があるから直接渡したいとバリ女性を表扉まで来させた。そして何が起こったか?使者
はこれが贈り物だと言って女性の心臓をクリスで一突きした。

もっと重い不倫にはもっと重い罰が与えられる。姦婦姦夫は背中合わせに縛り上げられて、
海に投げ込まれるのだ。海に棲んでいる巨大なワニが死刑執行人になるのである。ウォレ
スがロンボッに滞在中もそんなできごとがあったそうだ。

ウォレスが鳥の剥製作り作業に雇ったマヌエルは、そんな血なまぐさいロンボッでの暮ら
しに嫌気がさしたのだろう。ホームシックも手伝って、かれは契約を打ち切ってシンガポ
ールへ帰ると言い出した。マヌエルが去ってから数日後、マカッサルへ向かう小さいスク
ーナーがアンペナンに入った。ウォレスは8月30日にロンボッを後にした。


スクーナーは9月2日にマカッサルに入港した。ウォレスにとって、はじめて訪れたオラ
ンダ人の植民都市である。この町がきれいなのには訳があった。オランダ行政はこの町の
ヨーロッパ人社会に規則を定めていた。家屋は白塗りにし、家の前の道路に毎日午後4時
に水を撒くこと。道路は掃き清められ、ゴミは覆われた排水溝に落とされて、大きいゴミ
集積場に向かう。満ち潮のときゴミ集積場に海水が流れ込み、引き潮になるとゴミが波に
運び去られる。

ウォレスはマカッサルに住むオランダ人メスマン氏およびデンマーク人商人への紹介状を
持って来ていた。両氏はウォレスを歓迎し、助力を惜しまないことを申し出た。どちらも
英語がとても流暢だ。オランダ人の多くはフランス語に長じているが、英語が流暢な者は
珍しい。[ 続く ]