「イギリス人ウォレス(40)」(2021年06月09日)

ウォレスはアンボン人助手に銃を撃たせた。遭難信号だ。その結果、村の首長が迎えのボ
ートをよこした。逃亡者が出たことを近隣の村々にすぐ連絡するよう、ウォレスは首長に
要請し、それは即座に実行された。ウォレスのプラフは小さい川の中で、引き潮の泥の中
に立っているのが見つかった。ウォレスの当座の滞在のために、首長は村人の家に間借り
する世話までしてくれた。

ゴロム人乗組員がどうして全員逃亡したのか、ウォレスは考えあぐねた。かれらが望むも
のはすべて買い与え、ウォレス自身もかれらに親切にしてきたので、待遇の不満から起こ
ったとは思えない。かれらは多分、ヨーロッパ人のご主人様に仕えることに慣れていない
ため、その気詰まりと漠然とした恐れがこの結果を生んだのではないかとウォレスは考え
た。


今ウォレスが滞在している、このセラム島東部地域はサゴの宝庫だ。ウォレスは一週間動
きが取れなかったが、その間じっくりとサゴについての観察を行った。サゴはセラムだけ
でなく、近隣一帯の島々の住民たちにとっても重要な食糧になっているのである。

全長20フィート、胴回り5フィートにも達するサゴの幹をどのように食料に加工してい
るのか、しかもそれが意外に簡便な道具と軽い労働作業でなされている、といった実態を
旅行者が自分の目で見る機会はそうざらにあるものではあるまい。

生えているサゴの木の一本一本に持ち主がいる。場所がどこであれ、生えているサゴの木
を勝手に伐り倒せば盗難事件になるということだ。持ち主は必要に応じてサゴの木を伐り、
幹を食料に加工する。その結果得られた、少し赤みがかったでんぷんの塊が生サゴで、そ
れはおよそ30ポンドくらいにまとめてサゴの葉で包み、円筒形にする。たいてい、一本
の樹から円筒形の生サゴが30個くらいできる。

その生サゴをゆでると、少し渋みのあるゼラチン質の塊になる。ひとびとはそれを、塩・
ライム・とうがらしなどと一緒に食べる。それをケーキ型に入れて焼くと、サゴケーキが
できる。

サゴケーキ製造用の粘土製の焼き型は、幅4分の3インチ、広さ6〜8インチ平方のスリ
ットが6または8横並びに空いているオーブンだ。生サゴを砕いて天日乾燥し、篩で細か
い粉末にする。それをスリットの中に軽く詰め、サゴの木の皮でふたをし、熾火の上で5
分ほど焼くとサゴケーキができる。

熱いサゴケーキはコーンフラワーケーキのように柔らかく、その表面にバターを塗り、砂
糖とココナツパウダーをふりかけると、絶品のおやつになる。精製されて売られているサ
ゴ粉を使っても、それに匹敵するうまさが味わえない。

サゴケーキは数日間天日乾燥させて、保存食にすることができる。その場合は20枚重ね
て一包みにする。乾燥させたサゴケーキはカリカリに乾いて硬くなり、数年間の保存に耐
える。それを食べるときは、砕いたものを口に入れて噛み続ける。幼児でさえ、そのよう
にして食べている。

それを水に浸してからトーストすると、焼き立てのような状態に戻る。ウォレスはコーヒ
ーの友として、それにバターを塗って愛用した。水に浸したまま加熱してやると、プリン
状になる。米が得られなかったり、あるいは高価になった場合に、その代替品としての役
割をサゴプリンが務めることもしばしばだ。

サゴケーキは一回の食事に2枚食べれば十分であり、大人一人の一日当たりの需要は5枚
と考えられる。円筒形の生サゴひとつからサゴケーキが60枚できる。つまり、一本のサ
ゴの樹からサゴケーキが1千8百枚作れるという計算になる。それを一日5枚食べて行け
ば、360日食いつなぐことができる。ほぼ一年間の食料がサゴの樹一本を加工すること
で手に入るのである。[ 続く ]