「アチェ料理(1)」(2021年07月12日) アチェ料理にひとびとが期待するのは、そのエキゾチックさだろう。確かにアチェ料理は ヌサンタラのどこの郷土料理とも違った趣を持っている。インド料理の影響を強く受けた アチェのカリkariやグライgulaiはアチェ料理の中でも特筆されるべきものとして間違い あるまい。拙作「インドネシアのカレー」http://indojoho.ciao.jp/koreg/kari.html には、アチェの語が101回登場している。 アチェ料理は多種多彩なスパイスが使われ、そしてお定まりのトウガラシがたっぷりと添 えられるから、口に辛く腹に熱い醍醐味を愉しむことができる。その多彩なスパイスの中 に、大麻が密かに顔を覗かせる。アチェ料理にひとびとが期待するのは、ひょっとしたら それかもしれない。 アチェスルタン王朝のころから大麻は最高の調味料として飲食物に使用されてきた。18 世紀の書物の中にも大麻のことが記載されている。アチェのブラックコーヒーはつとに有 名であり、そこにも大麻が隠れているという話だ。 1970年代ごろまでのアチェでは各家の庭先に大麻の木が植えられていて、台所で使わ れるスパイスを高い信頼度でバックアップしていた。料理に使われるのは大麻の実の粉末 であって葉ではない。葉を使って喫煙する風習を自分たちは持たなかったとアチェ人は強 調している。 さまざまなスパイスがふんだんに使われたアチェ料理の中に大麻の実の粉末を加えること で料理の味は格別のうまさを増し、食欲を増進させ、おまけに料理が日持ちするようにな るのである。政府が大麻のすべてを麻薬として厳禁した時から、その実の粉末も公的な場 から姿を消したものの、アチェ人が家庭で作る料理の中に無言でその実の粉末が投げ込ま れているのでアチェ料理のうまさは伝統から少しも逸脱していない、と多くのアチェ人が 小声で物語っている。 ペルシャ人は古代から麻の実hemp seedを料理に愛用した。日本でも七味唐辛子の中に加 えられている。大麻の実はそれの兄弟分ということになるのだが、政府が麻薬の中に含め てしまった以上、存在しないものとして扱うのが国民には無難ということになるだろう。 2000年代に入ってからジャカルタのあちこちにアチェ料理店やカキリマ屋台、中でも アチェ麺mi Acehの店、がオープンした。ジャカルタでお目にかかるミーアチェはたいて いカレーっぽい汁の麺で、さまざまなスパイスがたくさん使われているのは確かだが、ジ ャカルタ人の口に合うように調整されているようだ。本場で食べるものはきっと、はるか にすさまじいものだろう。 「例のアレの入っているものが欲しければ『プゲオッニャンマ~ガッ。』と言えばいい。」 とジャカルタっ子の友人にアチェ出身の友だちがささやいた。ふたりはアチェ麺料理店で これから昼食だ。そのPeugeot nyang mangat.というアチェ語は「美味しいのを作ってく れ」という意味であり、アチェ人の客がミーアチェの美味しいものを食べたいと言えば、 その意味が大麻の実の粉末入りであることはすぐにアチェ人料理人に通じる。 料理人の側にしても同様で、移住したジャカルタで同郷の人間が例のアレが入っている味 を懐かしんでいることはすぐに分かる。だから異郷で同胞に出会えば、故郷の味を堪能さ せてやりたい、と思うのも人情だ。アチェ人には例のアレがそれほど大きな意味合いを持 っているということなのだろう。[ 続く ]