「地上の異界、スラウェシ島(2)」(2021年07月13日)

スラウェシ原生の珍しい生き物のひとつにタルシウスtarsiusがいる。手足の指は5本あ
り、体長は十数センチしかないが尾は20センチもある。体重は100グラム前後で、ま
るで手のひらに載せて愛でてやりたいような生き物だ。目が大きくて真ん丸だから、実に
印象的な顔つきをしている。首は短いが180度回転する。夜行性で虫を食べる。

現地人がタンカシtangkasiと呼んでいるこの動物はたいてい枯れた立ち木の洞に巣を作り、
夫婦と子供で住んでいる。日没後と夜明け前に動きが活発になるそうだ。食事時には、ま
ず雄が外に出て周囲の危険を探り、敵がいないことを確認してから家族に鳴き声で合図す
る。すると雌が洞から出てきて、子供たちを外に誘い、食べ物を探すのである。

動きはたいへん素早く、おまけにその小さな身体からは想像もできないような3メートル
もの高さまで跳ぶことができる。もっと特異な技能はかれらだけが行える通信方法で、超
音波を使って会話する能力をこの小さい生き物は持っているのだ。最高で周波数91kh
zの音波を発信し、仲間はその「声」を聴くことができるのである。人間の耳が捉えるこ
とのできる周波数は20khz程度でしかなく、その辺りの事情を知らないひとにとって
タルシウスが超音波で叫び声を上げている姿は、口を開いて頭を振りながら何らかのエネ
ルギーを放出している様子にしか見えず、ミステリーを感じさせるものになる。

メガネザル目に入るとされているこのタルシウスは仲間がフィリピンやカリマンタンにい
るだけで、大陸部にはいない。数万年前に世界中に分布していたメガネザル目はかれらを
残して滅びたようだ。最後の氷期が終わったあとそれらの島に取り残されたかれらは、世
界中にいた他の仲間がその後滅びたあとも生き延びることができたと推測されている。ス
ラウェシのタルシウスは、身体的形態は昔のままだが、昆虫食に適合するように体が小さ
くなったとの見解が一般的だ。


スラウェシ島はヌサンタラのほぼ中央部に位置している。広大なヌサンタラ島嶼部のほぼ
中央にだけ、どうしてそのような珍しい動物が集まったのか?その答えはスラウェシ島の
生成方法に関係しているとウォレスは看破した。長い地球の歴史の中で、地殻が移動し、
海面が上下した。最近の研究によれば、スラウェシ島が最初からそのKという文字の形で
出現して来たのではないという論が建てられている。

更新世の時代、氷期に襲われた地球の海面が低下して、スマトラ・カリマンタン・ジャワ
・バリはアジア大陸と陸続きになった。そのころ、生き物は陸地の上を自由に移動するこ
とができた。スマトラとカリマンタンの河に住む淡水魚の中に同一のものが見つかってい
ることから、陸地がつながっていた時代、その間に大河が流れていたことを証明するもの
であるという仮説も立てられている。オーストラリア大陸とパプア島でも似たようなこと
が起こっていたにちがいあるまい。

だがその時代でも、スラウェシ島はどちらの大陸にもつながらなかった。いや、それどこ
ろか、スラウェシ島が現在のK文字の形に作られて行く間、大陸とつながったことは一度
もなかったという説が有力なのである。オーストラリア・ユーラシア・パシフィック(フ
ィリピン)の三つのテクトニックプレートの破片が寄せ集まって形成されたのがスラウェ
シ島であるという理論がそれだ。

それによれば、西側部分はユーラシアプレートの先端にあるカリマンタンとつながってお
り、北はフィリピンプレート、東南部分はオーストラリアプレートにそれぞれつながって
いたもので、東半島部はオーストラリアプレートとユーラシアプレートの衝突によって海
底が隆起したものであると言う。

西側部分については、バンティマラBantimalaとバルスBarusにジュラ紀の石灰岩層があり、
それが南カリマンタンのムラトゥスMeratusのものと全く同一であることが検証されてい
る。東南部分については、ブトンButon=バンガイスラBanggai Sulaがスラ=ソロン断層
の分岐によって現在の位置に移動したものであり、北部分は火山帯がフィリピンにつなが
って環太平洋火山帯の一部をなしている姿が明白なつながりを示している。スラウェシ島
の火山はすべて、この北部分に集中しているのだ。[ 続く ]