「アチェ料理(3)」(2021年07月14日)

まず、食べ物の熱を冷ましながら、その汁から味わってみるのが良い。カニの旨味が溶け
だして、実に絶品だ。熱が下がって食べごろになってから、口に入れるのに適切なサイズ
にカニの身を切る。

アチェ人はカニkepiting、エビudang、貝kerangと、語尾がngで終わる海産物は栄養豊富
で美味いものだと考えている。ナマコteripangもその一族だが、麺と一緒に食べることは
しないようだ。

海産物と言えば、アチェ人はカツオ節やマグロ節を作る。乾燥させて木のようになった魚
肉だからikan kayu(木の魚)とも呼ばれるが、アチェ語でカツオ節やマグロ節の名称は
クママkeumamahと言う。この加工処理を行うのは保存が目的であり、昔はアチェ人が遠方
に旅をするとき、たいていクママを持参したそうだ。だが日本のように鉋で薄片に削って
食べるような方法をアチェ人は昔からしていない。クママは料理する前に一晩水に漬けて
戻し、柔らかくなったものをカリやグライに入れて食べる。

他に人気のある海産物はタコguritaだろう。グリタは語尾がngで終わっていないものの、
栄養豊富で美味しいことには違いがない。タコは炭火で焼いてサテにする。タコサテも海
に近い場所で食べる方がおいしい。インドネシアの西北端と言われているサバンSabangの
町で、記者はタコサテを賞味した。

サテグリタのソースも普通のサテと同じようなピーナツソースsaus kacangとパダンソー
スsaus padangの二本立て。ピーナツソースで食べるサテグリタはサテアヤムと同じよう
な味覚だった。もちろん、食感はまるで異なる。鶏肉にはないタコのシコシコ感は存分に
愉しめたものの、ピーナツソースの強力な個性がタコそのものの味を減殺したのかもしれ
ない。記者のお薦めはパダンソースのほうだった。パダンソースをまぶしたタコの切り身
とロントンlontongとが口の中で混じり合い、タコの旨味を十分に引き出せたことに、か
れはたいそう満足したようだ。


サバンのフードモールには、アチェ独特のマルタバッmartabakもある。インドからインド
ネシアに伝わったと言われているこのマルタバッ(甘くない方のもの)はアラビア半島で
も一般的に見られるものであり、その語源がアラブ語で「折りたたむ」を意味するムルタ
バッmurtabakであるという説が有力なため、ハドラマウトからハドラミが東方移住したと
きにインドにもたらされたのではないかと推測されている。しかし、ハドラミはやはりイ
ンドネシアにもたくさん移住してきているので、どうしてインドにだけこの折り畳み料理
が伝えられたのかという点に着目するなら、人間の語源・由来に対する単線思考がここに
も陰を落としているように感じられてならない。人間はいつまで「この語源・由来はこれ
ひとつのみ」という御本家主義に拘泥し続けるのだろうか?余談はさておき・・・

アチェのマルタバッはまるで卵焼きのようであり、バンドン式の、あの薄皮で包まれた分
厚い、油ぎった畳揚げの印象とは大違いだ。玉ねぎと肉を混ぜた卵焼きのような薄さかげ
んで作られているものの、スパイスはそこにもたっぷり使われている。一緒に飲む飲み物
は甘くしたテタリッteh tarikがインドネシア人にはよく合うとみんな言う。


サバンの町中のパサル近辺に夜な夜な出て来るカキリマ屋台の中にミースダップmi sedap
がある。夜食にはもってこいのもので、茹で麺mi rebusか炒め麺mi gorengかという選択
肢がある。いずれも麺の上に魚のこま切れとセロリが載っている。記者はミーゴレンのほ
うに旨味を感じたが、甘味が勝っていたと書いている。このミ―の夜食には、温かい茶か
コーヒー、あるいは温かい豆乳が合うそうだ。[ 続く ]