「スマトラのムラユ食品(6)」(2021年08月05日) もちろん、アラブ人はそれをナシクブリと呼ばない。インドネシア語のnasiという語はア ラブ語に置き換えられて、ruzzun kaabuliと呼ばれている。ruzは英語のriceの語源にな った言葉であり、kaabuliはインドネシア語のkabulの語源だという説明なので、祝宴のた めに誕生した料理という印象をその名から受ける。 もしもアラブ人(ハドラミ)がインドで考案し、それをインドネシアに持って来たのなら、 インドにもその亜流があってよいはずだ。と思ってインドネシアのインド料理店に行くと、 nasi biryaniというナシクブリによく似た料理が供されているではないか。 わたしはジャカルタ在住時、それをブリヤニという名前で覚えたのだが、バリ島のインド 料理店でそう言ったらウエイトレスにビルヤニと言い直された。調べたところ、インドネ シアではビルヤニbiryani、ビリアニbiriani、ブリアニ beriani、ブリヤニbriyaniが同 義語として使われていることが判明したので、どれで呼ぼうが常識知らずと思われる筋合 いはなさそうだ。 ビルヤニの語源はペルシャ語のベルヤンだとされていて、炒めたり焼いたりすることを意 味している。ヒンディ語が使われなかった点になんとなくアラブ文化との関りを感じさせ る気がするのだが、考えすぎかもしれない。 最後にデザートで締めくくろう。南スマトラ地方の郷土色豊かな甘いもののひとつにグロ プアンgulo puanというものがある。guloはインドネシア語のgulaであり、puanはsusuを 意味している。強いて翻訳するなら乳砂糖にでもなろうか。 ムラユ語のpuanはシリの葉の金銀製容器のことでもあるが、女性を意味するperempuanの 縮小形でもあり、乳に関連付けられているのはきっと後者を意図しているのだろうという 気がする。 プアンという語については、拙著「プルンプアン(1)」(2019年05月20日) http://indojoho.ciao.jp/2019/0520_1.htm をご参照ください。各ページ最下段のmore をクリックすれば頁がめくれます。 グロプアンに使われるミルクは水牛のものなのである。インドネシア語/ムラユ語で水牛 はkerbauと書かれるが、セブアノ語源のcarabaoがスペイン語・英語に取り込まれていて、 カラバオの方がクルバウよりも国際社会で幅を利かせている。元々は多分オーストロネシ ア語族の間で一般的な言葉だったのだろう。 グロプアンのミルクを提供してくれる水牛はパレンバンから100キロ近く離れたパンパ ガンPampangan地方の湿地帯や沼沢地を棲息場所にしているkerbau rawaに限られていて、 他の土地にいる水牛では用をなさないらしい。kerbau rawaは東南アジアに幅広く分布し ているというのに。 パレンバンの歴史の中では、グロプアンもスルタン王宮のエリート食品として上流階層が 独占的に賞味していたそうだ。というのも、その時代にグロプアンの産地はスルタンにこ の特産品を献上していたのだから。それが時の流れの中でぺンペッと同じように庶民化し た。しかしパレンバンの一般庶民にとって、どうやらグロプアンはぺンペッのような日常 性を持っていないように見える。 昨今、パレンバンの市内でグロプアンを旅行者が賞味することは不可能でないものの、探 すのも容易でない。金曜日の礼拝時にパレンバン大モスクへ行くと、それを売っている行 商人がいるという話だ。この品物はカキリマ商人が道端で販売するしきたりになっている ようで、そんな形の商権が出来上がってしまったのだろうと思われる。産地の水牛が減少 傾向にあるために生産量の増加も期待のしようがなく、商品流通機構は維持されるのが精 いっぱいなのかもしれない。価格も廉いはずがなく、道端行商人が扱う商品の中では破格 のもので、キロ10万ルピアという結構な価格がついている。[ 続く ]