「みつばち(5)」(2021年08月09日)

余談はさておき、蜂の巣獲りのことに戻らなければならない。小説「ボルネオの南から北
へ」の中で、脱走兵一行がムロイ川を遡航しているとき、クアラカプアスの商人バパアン
ドンの危難を救い、かれが奥地で集めて来た商品を大量に載せた筏をベースキャンプのア
ンパン湖まで送って行くことになった。

その巨大な筏は奥地で切り出した丸太が使われ、さらに高級木材の丸太がたくさん積まれ
ており、籐4千巻き、ダマル樹脂1千ガンタン、蜜ろう1千ピクル、ゴム20ピクル、ツ
バメの巣少々を運んでいた。蜜ろう・ゴム・ツバメの巣はバーターで得た品物で、他はす
べて本人と使用人たちが自力で得たものだった。

バパアンドンの一行はおよそ6カ月前にアンパン湖にやってきて、各地に出向いては物産
を収集してこの基地に集積していた。6カ月前にやってきたころ、湖の西側にあるダヤッ
族がタンギランと呼んでいる巨木にみつばちが巣を作り始めていた。6カ月後そこを引き
払ってクアラカプアスに戻るとき、大きく成長した蜂の巣を収穫のひとつにしないでなん
としようか。今やその機は熟したのである。

蜂の巣は普通、枝が長く伸びた背の高い樹の高所に作られる。最高の季節になると、みつ
ばちはそのような巨木に2百から3百の巣を作る。アンパン湖の巨木に蜂の巣が作られ始
めたとき、バパアンドン一行は長い日数をかけて樹に階段を作った。硬い木をくさび形に
してそのタンギランの樹の幹に打ち込み、一番低い枝に上れるまで、30センチ超くらい
の間隔で階段を作るのである。一日に一個か二個打ち込むと、早々に引き上げる。蜂が震
動を迷惑に感じ出したら、蜂の大群に襲われることになるからだ。


バパアンドン一行はアンパン湖のタンギランの巨木の下の植生をすべて切り払い、動きや
すいように地面を露出させて空き地を作ってから、蜂の巣獲り実行の時を待った。機会は
すぐにやってきた。

夜、厚い黒雲が天を覆い、激しい風が吹き荒れてまるで巨木をも根こそぎ吹き飛ばすよう
な勢いを示す。バパアンドンと数名の使用人はすぐに小舟を出して湖の西側にあるタンギ
ランの樹に向かった。上陸して樹の下に着くと、四方にシーツ状の大きい布を広げ、その
四隅を高く縛って口を広げた袋のようにした。

まだ緑色をしたダマル樹のたいまつ数本に火が点けられた。そのひとつをダヤッ人使用人
のひとりが手にして階段を登って行く。上に着くと、かれはいくつかの巣を手でパンパン
とはたく。目を覚ました蜂が侵略者に襲い掛かろうとするが、強い光と煙を発するたいま
つに驚き、吹き付ける強い風にさらわれて湖のかなたに大量に墜落死した。数十万匹の蜂
の死骸が湖面の一画を埋めた。

蜂の群れが風で飛ばされると、蜂の巣は鋭利な竹で枝から切り離され、下の布袋に落とさ
れる。それを終えて、上で仕事をした使用人はすぐに下に降りて来た。全作業が終わるま
でにたいした時間はかからなかった。


現代のスンバワSumbawa島でも蜂の巣獲りは昔から盛んに行われて来た。一時期はスンバ
ワハチミツの名前が一世を風靡し、低廉価格のニセモノが庶民向け市場を埋めた。スンバ
ワとは縁もゆかりもないハチミツを砂糖水やサトウキビの搾り汁で水増ししたものがなか
ったはずもないのだが、御本家のスンバワではホンモノのスンバワハチミツを水増しする
詐欺商人を逮捕する条例を作れと地元行政に要求する声も上がっていたそうだ。この文が
意味するところに怪訝な顔をされた読者はきっと、国と国民の関係が一枚岩になっていて、
国法による国民統治が高い効率で執行されている安全な社会が世界中を覆っていると思っ
ている人だろう。[ 続く ]