「みつばち(7)」(2021年08月12日)

東フローレス県ウランギタン郡のホケン地区にあるコーヒー農園に生えているバヤムの樹
は並みのものではない。樹高50メートルに達するその巨木の一本の枝に、おとなの上半
身くらい大きい蜂の巣がくっついている。樹の下で蜂の巣を見上げていた三人の男たちが、
動きを開始した。

日暮れが迫っているのだ。周辺3キロくらいまで蜜を集めに出たオオミツバチの大群が帰
宅する時が迫っている。三人の蜂の巣獲り人の時間との競争が始まった。

二年前に三人はこの樹に生っているふたつの蜂の巣のひとつを獲ったことがある。しかし
その後、この樹のことを忘れてしまった。なぜなら、かれらは一本の樹に数十個の蜂の巣
が生るものを狙うのが普通だからだ。一本の樹に蜂の巣一個では後回しにされて当然だろ
う。


多数の巣を獲る場合はたいてい、闇夜に作業が行われる。月夜であれば蜂は人間を襲って
くるが、闇なら目が見えなくなって襲われる確率が減るとかれらは言う。仕事を始める前
には、巨木に蜂の巣獲りのお許しを得るための儀式が行われる。巨木には飯・卵・ろうそ
くが献じられる。

蜂の巣の収穫期は3〜4月、7〜8月、10〜12月になっていて、かれらがこの巨木の
下にやってきたのは2015年9月の時期外れだったのだ。収穫期を外れると、巣が一個
二個でも贅沢は言えない。

みつばちはたいてい、枝の先や断崖の上の洞窟・巨石などに巣を作る。敵に獲られにくい
場所を選ぶのは当然だろう。そういう難しい場所ほど蜜が多い。また蜂が荒々しく攻撃的
であるほど蜜が多い、と蜂の巣獲り人たちは言う。巣の蜜のクオリティを調べるために、
かれらは蜂を捕らえて蜜の味身をするそうだ。

三人のうちのひとりが樹に登り始めた。腰に山刀、そして手に長い縄。竹の棒を階段替わ
りにしてするすると登る。かれらは木登り技術をどこかで学んだわけではない。たいてい
の者が、この仕事をしていた父親の姿を子供の頃から見様見真似で見習って育った。そし
て成長すると、父親の代わりに登り始めた。仕事の鍵は精神力だそうだ。度胸がなく、落
ちることを怖がる人間には務まらない。

樹の下で仲間のひとりが枯れ木とヤシ殻に生の緑葉を巻き付けてたいまつを作り、火をつ
けた。その煙るたいまつを上から降りて来た縄に結わえて上に送る。獲った蜂の巣を入れ
る容器や他の必要資材も縄で下から上に送られる。上では山刀で蜂の巣の上部が切り取ら
れ、容器のバケツに入れられて縄で下に下ろされる。

インドネシア森林ハチミツネットワークは蜂の巣を丸ごと獲り尽くす方法を避けるよう提
案してきた。継続的に大きい量を生産できるようにするためにネットワークは蜜の多い蜂
の巣の上部部分だけを切り取って、他は残すようにし、子蜂・蜂の卵・蜜ろうなどが生き
続けてハチミツ生産にブランクができないようにする永続収穫法と名付けられた方式を推
奨している。この方法を執れば、一個の蜂の巣から3〜4回収穫を上げることができる。


蜂の巣獲り人が命がけで得て来た収穫は、かれらが蜜の家rumah maduと呼ぶ加工場に持ち
込まれる。そこで22〜24%ある含有水分を20%まで低下させ、一定期間貯蔵器に置
いて落ち着かせてから瓶詰にする。

大自然の中で作られた森林ハチミツは、養殖ハチミツよりも含有水分の比率が高い。つま
りあのドロリとした感触が薄い印象を受ける。一見、サラサラした印象になるのだが、ど
うして甘味は段違いなのだ。森林ハチミツは巣が作られた場所の環境に従って22%から
高い場合は26%に達する一方、養殖ハチミツの場合は17〜22%の範囲に収まってい
る。巣が川や池、海岸などに近い場所に作られたり、その地域の雨量の多寡、更には何の
花から取って来たかによって含有水分は千差万別になるのが森林ハチミツであり、一方の
養殖ハチミツは蜂の食糧が不足する季節になると人為的に砂糖などの食糧が巣箱に与えら
れるのである。[ 続く ]