「シロアリ(2)」(2021年08月18日)

新居を作るカップルは全体の中の一割程度であり、カップル作りに失敗したラロンは翌朝
に死ぬ運命にある。元の巣に戻ることは許されない。たとえ戻っても殺されるだけなのだ。

前夜ラロンの乱舞を見た翌朝、その場所の地面に大量の薄い透明な羽が地上を覆っている
のに出くわす。その大量の羽が付いていたラロンの身体はたいてい、捕食者に食われた後
らしい。まさに一大饗宴の祭りの後のはかなさを、われわれはそのカゲロウのような大量
の羽に感じることになる。

新居を作ったカップルの卵からはまず働きアリができる。働きアリの数が十分になると、
兵隊アリができる。その上で、ラロンになる者たちが生まれて来る。ラロンになる者たち
は種の維持繁栄の使命を担い、巣に暮らす間は働きアリの懇切丁寧な世話と奉仕を受ける。
成長してラロンとなり、巣から飛び立った後は、新たなコロニーの主となるか、それとも
12時間ほどの間に死ぬかという選択しかかれらには与えられていないのだ。


ラロンの乱舞が始まると、屋外の灯りの周辺の壁にはたいていトッケやチチャが集まって
来て、羽が付いたラロンをくわえている。ネズミがやってきてラロンを捕食している姿を
見たこともある。

家の中で乱舞されるのが不愉快であるため、ラロンの群舞が屋外で始まると、私は家の外
回りも含めてすべての灯りを消す。するとたいてい、隣家の灯りへ移ってくれる。ところ
が隣家も負けてはおらず、わが家と同じように灯りを全部消して真っ暗にする。こうして
町内の家々が21時ごろまで暗闇の下で過ごすことになる。しかし灯りをつけたままでへ
っちゃらな家もあり、ひょっとしたらそこはジャワ人が住んでいて、捕虫網でラロンを捕
まえているのではないかとあらぬ想像をしてしまう。

ともあれ、それほどの努力をしても、部屋の窓の内側の床に翌朝、ラロンの羽が十対ほど
落ちているのに出会うことも再三であり、ラロンの屋内への侵入を完全に防ぐのは不可能
だろうという諦めの心境に私は至っている。

だが諦めきれないひとにはシロアリ退治が必要になって来る。ボゴール農大シロアリ研究
室はシロアリコロニー駆除方法を研究して来た。最も効果的なものはヘキサフルムロンを
使うもので、それを塗ったティシューを木箱に入れて、シロアリの近寄りやすい場所に置
いておく。ヘキサフルムロンは昆虫の外殻の形成を阻害するものであるため、それに触れ
たシロアリが成長して殻を脱ぎ変えるとき、新しい殻がうまくできて来ないために死ぬこ
とになる。

シロアリは仲間と出会うと触れ合う習慣を持っているので、ヘキサフルムロンを被ったシ
ロアリが動き回ればそれが伝染拡大して最終的にそのコロニーが全滅してしまう。何十万
匹のコロニーであろうが、3カ月くらい後には一匹もいなくなるという説明だ。他の方法
はシロアリが嫌う薬剤を散布してシロアリを他所へ向かわせる方法や、シロアリを殺す薬
剤を散布する方法などがある。


マクロテルメスは原野にいて、巨大なシロアリの巣ムサムスmusamusを構築する。日本語
ではいわゆるアリ塚になるのだが、アリとシロアリを区別するために本稿ではムサムスの
語を使うことにする。

パプアのメラウケ県ワスルWasur国立公園はインドネシア国内で巨大なムサムスを見るこ
とのできる唯一の場所になっている。世界でもムサムスができる場所は限られており、広
大なパプア州ですら、ワスルでしかそれを見ることができない。[ 続く ]