「シロアリ(終)」(2021年08月19日)

現地語でボミbomiやライraiと呼ばれているムサムスは、直径1〜2メートル、高さは最
大で5メートルにも達する巨大なもので、十分な耐震性を持っており、そして硬い。パプ
アの石焼調理法はつとに有名であり、ワスル原住民のマリンMarind族はそのための焼き石
にムサムスを使っているくらいに硬いのである。ワスルには焼き石として使える石が少な
いために、マリン族は古来からの知恵でムサムスを使ってサゴや芋を焼き、それを日常の
食事にして来た。

ムサムスの構造は、広い空間と連絡通路、換気性、風を利用した圧力構造、更に外界の気
象状況に影響されずに内部の温度や湿度が維持されるといった安定した内部環境を生み出
し、優れた環境下に女王と王、働きアリ・兵隊アリ・生殖アリたちが役割に応じた活動を
規律正しく行い続けるシステムが営まれていて、単なる昆虫の集団生活の場とは思えない
ような姿を示している。この理想的なコロニーは15〜20年間栄え続けると言われてい
て、常時数百万匹のマクロテルメスがそこで暮らしているのだ。


外見はたいていが高さ2〜3メートルの茶色やレンガ色の非整然とした構造物に見えるム
サムスは、ブリンビンの実に似た基本構造になっている。厚みのある板を数枚縦置きにし、
その一端を集めて貼り合わせたような形がブリンビンの実であり、それを水平方向に切る
と星の形が出現する。板の数、つまり星形の角の数は、大きい樹木がどこにあるかという
ような周辺環境の影響を受けて違いが生じる。

基礎工事は1〜2年かけて行われるようだ。たいてい雨季が終わってから工事が開始され
るが、土地がまだ濡れている状態でなければならない。その壁が乾季の間に石のような頑
丈さになるのである。固まった壁は体重70キロの大人がよじ登って上に座っても、びく
ともしない。

この構造物は土と枯れ木や葉・根・枝・草など半径2百メートル内にある有機物を集めて
積み上げられていく。シロアリの唾液がセメントの役割を果たすのである。ムサムスの破
片を詳しく調べるなら、壁の内側に有機物の細片が積み重なっているのが見えるだろう。
風雨や乾季雨季の気象変動ばかりか、地震に崩されることもなく、それどころか森林火災
が起こってもムサムスが破壊されることはない。シロアリのコロニーがかつて起こったこ
とのあるすべての天変地異にも対処して生き続けることができるのであれば、サバイバル
という一点に限って言うなら、ひょっとしたらシロアリは人類を凌駕する生物種であるの
かもしれない。


インドネシアでしばしば耳にする「アリの巣sarang semut」という体力増進保健薬がある。
特にパプア産のものに信頼感が高いことから、たいてい「パプアのアリの巣」と呼ばれて
いるが、これはムサムスとは何の縁もゆかりもなく、また昆虫のアリやシロアリとも無関
係な、Myrmecodia pendansという学名の着生植物だ。植物を両断すると中の様子がアリの
巣に似ていることから、インドネシアではそのように命名されたと思われる。

このパプアのアリの巣は、昔はハーブとして販売されていて、それを煮て養分を抽出した
水を飲んでいたが、昨今ではカプセルの形で抽出液の固形エキスが販売されるのが一般的
になっている。このハーブを飲むと、スタミナ増進・体力増強、免疫力、高血圧、新陳代
謝、月経、糖尿病に良い効果があり、リューマチ、ガン、心臓、乳房のしこり、痔、片頭
痛などの治療効果を持っている、という効能が謳われている。

シロアリは建物を食い壊すがラロンとなって他の生き物に食われてもいる。ムサムスを作
って石の代用品を原住民に提供している。昨今では、シロアリから抗生物質や代替エネル
ギーを得ようとする研究も進められている。昆虫も使い方次第で人間に益をもたらす存在
になれるということだろう。[ 完 ]