「マサカンパダン(終)」(2021年08月23日)

現代ミナン人の朝食選択肢の中に、たいへん珍しいお粥がある。朝食にお粥を食べる民族
は数多いが、ミナン人は朝からおやつのような甘いお粥を食べているのである。その名も
ブブアカンピウンbubua kampiun。ミナン語のブブアはインドネシア語のbuburだ。カンピ
ウンはインドネシア語も同じ言葉で、これは英語のチャンピオンに対応するオランダ語の
kampioenがインドネシア語に取り込まれたものである。つまりミナンのブブアカンピウン
は向かうところ敵なしの、ナンバーワンの実力者を意味しているにちがいない。

それもそのはず、ヌサンタラの各地で個別に食べられているお粥がひとつの椀の中でせめ
ぎ合っているのだから。bubur sumsum, bubur kacang hijau, bubur ketan hitam, bubur  
putih, bubur cande, kolak ubi, kolak labu, kolak pisang, bubur delima, srikaya, 
kolang-kalingなどが適宜組み合わせられて同居しているのである。確かにこれはひとつ
のセンセーションだ。

sumsumとは骨髄のことで、米の粉を熱湯で練ったものの印象が似ているためにその名が付
いた。昔、ホンモノの骨髄をそのようにして食べていたのかもしれないが、詮索はしない
でおこう。多分語源はあくまでも比喩なのだろう。普通、ブブルスムスムはパーム砂糖の
溶液で食べる。

kacang hijauは緑豆という日本語になっている。英語はmung beanで、緑色をした小粒の
豆だ。それをぜんざいのように甘く煮こんで食べる。これも粥の一種なのである。

ketan hitam, ketan putihは黒モチ米と白モチ米の粥で、やはり砂糖を使って煮込むのが
普通だ。candeはcandilとも呼ばれ、モチ米とパーム砂糖を煮込んだものにココナツミル
クをかけて食べる。kolakはパーム砂糖とココナツミルクを煮込んだもので、中に入る食
物が芋・カボチャ・バナナ・ナンカの実などのバリエーションを持っている。

bubur biji delimaとも呼ばれるブブルドゥリマは、ホンモノのザクロの実を使うもので
はない。一見ザクロの種子のように見えるものはサゴやバンコアンの粉を練って赤い食紅
を振ったものだ。水に砂糖とパンダンの葉を入れて熱してから、ビジドゥリマを少しずつ
入れて透明にし、最後にトウモロコシの粉を加えてトロミをつければ出来上がる。

スリカヤは同名の果実があるが、ジャムやおやつ類に付けられるペースト状のものは普通、
果実とは無関係で、ココナツミルク・砂糖・鶏卵で作られている。果実は一滴も加えられ
ていないものがほとんどだ。


このブブアカンピウンによく合う食べ物はクエスラビkue serabiだと言われている。スラ
ビは、米の粉とイーストをココナツミルクと卵で練ったドウを中華鍋で炒めて作る。パダ
ンのスラビは他地方のものよりちょっと大きめで、米の風味が強いのが特徴だ。スラビだ
けを食べる場合にはパーム砂糖の溶液に浸して食べるが、ブブアカンピウンと食べるのな
ら、そこまで甘くする必要はないだろう。

ミナン人でも「朝から甘い物はちょっと・・・」という人は、ロントンとグライを食べる。
lontong gulai tocoはサヤインゲンのグライ、lontong gulai cubadakは若いナンカの実
のグライだ。そして朝食に飲む茶はなんとテタルアteh talua。

朝からブブアカンピウンを食べると、忙しくて昼食を食べ遅れてもエネルギーが持続する、
とミナンのひとびとは言う。テタルアも一緒に飲んでおけば、昼食が2時3時になろうが、
心配することはない。テタルアについては、下をご参照ください。
「テタルア(前)」(2020年07月27日) 
http://indojoho.ciao.jp/2020/0727_2.htm
「テタルア(後)」(2020年07月28日)
http://indojoho.ciao.jp/2020/0728_2.htm

もちろん、朝からロントンとルンダンを食べても良いし、ブキッティンギのパサルアタス
でナシカパウを食べても構わない。ミナン食のバラエティの豊富さは、ミナン人だけでな
く、その一端に触れた者に尽きせぬ魅力を感じさせずにはおかないだろう。[ 完 ]