「カリマンタンのダヤッ料理(2)」(2021年08月26日)

ボワッは上界がたいへん豊かな場所で、人間界にある金銀財宝に満ち溢れているのを知っ
た。おまけにどうしてそんなことが起こるのかということまで知ったのである。上界には
ミヒンというものがあって、そこは常に金銀財宝でいっぱいになっており、しかも金銀財
宝を使ったために隙間ができても、またすぐにお宝が湧いて出て来るのである。

あるとき、上界のひとびとが新しいミヒンを作るために集まった。ボワッは離れた場所に
連れて行かれて縛られた。ボワッは叫んだ。「お〜い、何をしてるか全部丸見えだぞ。」
するとかれらはボワッを巨大なゴンgongの下に移した。ボワッはまた言った。「作り方が
全部見えるぞ。魚網で目をふさがれないかぎり、わしには丸見えだ。」

ボワッは顔を漁網で包まれた。上界のひとびとは安心してミヒン作りを進め、ボワッも安
心して網の目の隙間から作り方を見て覚えた。その後しばらくしてからボワッは人間界に
戻され、かれは上界で得た秘密を人間界で密かに実践してみようと考えて、ミヒンを作っ
て河底に沈めた。すると実に霊験あらたかで、魚がどんどん捕れたそうだ。

ダヤッ人がミヒンを作るとき、いくつかのタブーがあって、製作に携わる者は厳粛な気持
ちで仲間と喧嘩などせずにミヒン作りにいそしむこと。女性はミヒン作りを見てはならず、
ましてや製作中のミヒンに入ることは厳禁。女性が製作中のミヒンに入ると、魚がミヒン
に入らなくなり、またその女性も出産時に死産や母体死亡を蒙ると言われている。ミヒン
に入った魚を捕るときも魚を傷付けてはならない。なぜなら、魚の血がミヒンの中に流れ
ると他の魚がミヒンの中に入らくなってしまう、と信じられているからだ。


コメは昔からダヤッ人の主食だった。コメは最初、人間界を富ませるために上界が与えた
もので、天国とこの世を結ぶ媒体と考えられていた。上界が人間に与えたコメは大きなも
ので、モミ粒を日に干しておけばティッ・ティッ・ティッと音をたてながらモミ殻が向け
て行く。だから人間は身を粉にして働かなくても、十分に腹を満たすことができた。

あるとき、ひとりの盲人がモミ粒を干してある場所を通りかかった。モミ殻が立てるティ
ッ・ティッ・ティッという音をその盲人はニワトリの声だと思った。大切なモミを数羽の
ニワトリがついばんでいるイメージがその脳裏に浮かんだ。「とんでもないニワトリども
だ。成敗してくれる。」盲人は杖でモミ粒を打ち叩きまくった。

怒ったのはモミ粒たちだ。「なんてことをするんだ。こんなひどい人間たちにいい思いを
させる必要なんかないだろう。なあ、みんな。」
モミ粒たちは一斉に賛同を唱えた。それ以来モミ粒、つまり稲の実は小さいものになり、
人間はたいへんな手間暇をかけてコメを得なければならなくなった。そうやって苦労して
得たコメで十分に腹を満たせる人間の数も減ってしまった。


ダヤッ人の陸稲の種蒔きも、良い稔りをもたらしてくれるよう、モミに大いなる敬意を表
して行われる。畑の中心部はhumpun biniと呼ばれる聖域として残され、そこにモミのた
めの供え物が置かれる。さまざまな特別の意味を持つ樹木の枝葉とピナンの実、鶏卵、そ
して節に水が詰められた竹が地面に突き立てられる。水は河川から汲んだものだ。尽きる
ことのない河川の水のように、この畑が常に潤うように。「稲も水を飲み、水浴もするん
だ。」

5人の男たちが横一列になって泥炭土の緩やかな斜面を歩く。一足ごとに手にした棒で地
面に窪みを作る。その後ろを女たちが付いて歩く。女たちはバッグや袋に入った種モミを
つまんで窪みに落としているのだ。植えられる稲種は単一でない。うるちだけでも数種類、
モチ米も、赤米も撒かれている。かれらの暮らしには、そんなバラエティが必要とされて
いるのである。実にダヤッ人の持っている陸稲の種類は数十に上っているそうだ。
[ 続く ]