「カリマンタンのダヤッ料理(4)」(2021年08月30日)

ダヤッ人文学者コリー・ラユン・ランパン氏によれば、ダヤッ人にとって食べ物は分かち
合うものというのが基本コンセプトになっていたからだ。コリー氏は次のように語った。

ダヤッ人はその日に食べる分量だけしか取らない。狩りをすれば、獲物の肉は全部みんな
に分配する。カリマンタンにダヤッ料理レストランがないのは、人間が少ないからだ。ダ
ヤッ人自身も人口が多いわけではない。レストランを開いたところで、どれだけの客が食
べに来るだろうか。
もうひとつは、babi肉の問題だろう。バビ肉を食べないひとたちは、ダヤッ料理がバビ肉
と無縁でないためにダヤッ料理を食べようと考えない。ダヤッ人自身はバビ肉を神事の宴
に不可欠なものとしているから、作る料理にバビの要素が入ることを避けるのが困難だ。

コリー氏が語ったバビという言葉は広い意味で使われている。インドネシア人がバビと言
う時は豚と野生豚であるイノシシの両方を含んでいるケースが多い。イノシシであること
を明確にしたい場合にbabi hutanが使われる。イナゴとバッタが同一の言葉で表現された
り、ジャワ人が羊とヤギを同一のカンビンという言葉で言い表すのと似たようなものだ。
それを語彙が少ないと誤解してはいけない。大カテゴリの下位区分として使い分けるコン
セプトになっていることを見落としてはならないのである。

言うまでもなく、インドネシアの都市部にオープンするダヤッレストランはハラル認証取
得の対策を行えば豚の要素の混じらない料理を供することができる。豚の要素が混じって
当たり前の中華料理ですら、ハラル認証を得たところがいくつもある。かえって本家のカ
リマンタンでハラルなダヤッレストランを開く方が難しいと言えるようだ。


西クタイ県創設14周年記念では、県のよき未来を祈念して生贄の儀式が行われた。熱い
太陽は暑すぎる世をもたらさず、雨は多すぎる水をもたらさず、稲はよく稔り、魚はよく
近寄って来るように。

西クタイ県民を構成しているダヤッ族のブノアッ、バハウ、トゥンジュン、クニャッ、ア
オヘンの小支族およびクタイムラユ族にとって、県の繁栄は自分たちが手に手を取って作
り出さなければならないものだ。生贄の儀式はマジョリティであるダヤッ族の様式で行わ
れるが、ムスリムのクタイムラユ族が除け者にされることはない。

生贄の儀式は16人の祈祷者pemamangが司って厳粛に営まれた。生贄にされたのは2頭の
水牛だ。生贄の儀式は8日間ぶっ通しで行われ、他の日はバビやニワトリが屠られる。そ
の一日が水牛だけの生贄になったのは、県民の協調融和が大優先されたためだ。


水牛はイスラムのハラルな作法に従って屠られ、解体された。もちろんそれを行ったのは
ムスリム県民だ。そして水牛肉がなんとルンダンに料理され、参会者の全員に振舞われた
のである。

ひとりの男性シェフの指揮下に、数十人の女たちが黙々と肉を切って、水が沸騰している
巨大な5つの鍋に入れる。普段カリマンタン料理に使われるスパイス類はウコン・ショウ
ガ・スレーそしてココナツ程度だというのに、そこにコショウ・コリアンダー・アニス・
ククイなどが加えられた。ミナンカバウ名物の重厚なスパイスに満ちたものにならなくて
も、それに近いものが作られる。

出来上がったルンダンの一切れが温かい飯と共に皿に置かれ、女たちの手から手へとリレ
ーされて大広間に運ばれ、その何百枚もの皿が数カ所に分かれて積み上げられていく。こ
の儀式に集まった参会者たちは宗教的戒律の違いを忘れて、和気あいあいと同じ物を食べ
るのである。[ 続く ]