「カリマンタンのダヤッ料理(6)」(2021年09月01日)

ダヤッ人にも魚の保存食がある。塩に漬けて日干ししたものはどこにでもあるが、発酵さ
せる保存法はヌサンタラで稀なものだろう。中部カリマンタンで一般に行われている発酵
型の魚の保存はいくつかの種類があるそうだが、ワディwadiと呼ばれるものが一番普及し
ている。この方法はダヤッ人だけでなくバンジャル人も行っている。

特にダヤッ人にとって魚の保存がたいへん重要なのは、かれらが陸稲の仕事に掛かり切り
になるとき、魚を捕りに行く時間がなくなることが大きく関わっている。その時期になる
と、ワディを漬けてある壺を出してきて、壺のワディを調理して温かい飯といっしょに食
べることになる。


既にお気付きの読者もいらっしゃるだろう。日本人の魂のように思われている寿司の原形
がカリマンタンの地に残ったものがワディなのである。そのスシの「ス」という発音が果
たして中国語伝来以前の和語だったのかどうかに疑問が生じた。

国語辞典では「酢」の訓読みが「す」になっており、音読みは「サク・ソ」だけしか書か
れておらず「ス」は見当たらないのだが、現代中国地方語の中に「ツウォ・チュオ・ス」
が存在している。英語wiktionaryの「酢」のページを開くと、日本語の項の呉音(つまり
日本語音読み中の呉音)として「ス」が記載されている。

もうひとつの「酸」も訓読みが「す」、音読みは「サン」になっているものの、やはり英
語wiktionaryには中国中古音に「スァン」、現代福建語に「スン・スイ・ソアン」が見え
る。

古語「酸し」の語根は中国語が渡来した後、中国語に乗っ取られたのではないかという可
能性がそこに出現するではないか。いや、あくまでも可能性としてだ。しかし、もしそう
なら「酢」も「酸」も訓読みを持たないことになり、「日本語古来の形容詞があるのだか
ら、'す'は訓読みだ」論者の自信を覆すことができるかもしれない。


余談はさておき、ダヤッ人はワディをこのようにして作っている。まず魚をおとなの掌の
半分大に切り、塩を塗って一昼夜置く。翌朝、魚を洗って塩を全部落とす。それからアレ
ンヤシ砂糖の水溶液に一昼夜漬ける。翌日、魚の切り身を細切れにして、ニンニクをふり
かける。それを壺に詰めてから、上から炒ったコメ粒をふりかける。

コメ粒も先にプロセスを経ている。まず洗ってから一晩乾かして、それを炒って黄色っぽ
い茶色にする。そして粗く砕いておくのである。およそ一週間経過すると、魚は発酵して
ワディになる。においはものすごいが美味しい、とかれらは言う。

jelawat, papuyu, baung, gabus, guramiその他、河川で取れる魚は何でもワディにされ
る。ワディは何カ月間も保存が効き、一年でも大丈夫だと言うひともいる。ワディは独特
の酸味があり、たいていのインドネシア人にとっては他で経験したことのない酸味だそう
だ。コンパス紙記者が油で揚げたワディを試食し、うまいうまいと言って全部たいらげた。

食べた後でワディの壺を見せてもらい、においのすさまじさに閉口した。もし先にこのに
おいを嗅いでいたなら、試食は遠慮しただろうと記者は書いている。魚の食べ方のバリエ
ーションとしてワディはたいへんにユニークなものであり、インドネシア人の食生活にこ
れが取り入れられたなら、魚食の楽しみ方が広がることはまちがいないだろうというのが
記者のコメントだった。かれはきっと、日本の「なれずし」をも抵抗なく食することがで
きそうだ。[ 続く ]