「ウシ ウシ ウシ(17)」(2021年09月29日)

東南アジアの野牛の名称はジャワ語由来のbantengが世界の共通語になっているようだ。
学名のBos Javanicusがそれを証明しているように見える。英語ウィキぺディアには別名
としてtembadauという名称が出て来るが、トゥンバダウはマレーシア語ウィキにボルネオ
の野牛と説明されており、またカムスデワンでも同じような説明が見られるので、地場名
称の違いと思われる。つまりインドシナの諸国語でも、地元言語ではバンテンでない別の
単語が使われ、国際共通語としてバンテンが使われているということだろう。

世界にいる野牛は5種類だそうで、バンテンはミャンマー・ラオス・ベトナム・タイ・カ
ンボジャ・ジャワ・カリマンタン・バリに分布している。インドネシアでは家畜化された
野牛がバリ・スラウェシ・スンバワ・スンバなどにいる。家畜化されたものはインドネシ
アでsapiと呼ばれていて、牛総頭数の四分の一くらいを占めている。

ボスジャヴァニクスは亜種が三つあり、Bos javanicus javanicusはジャワ・マドゥラ・
バリのもの、Bos javanicus lowiはカリマンタン、Bos javanicus birmanicusがインドシ
ナにいるものとなっている。

野牛の身体的特徴は性別で大きく異なっており、オスは黒あるいは黒茶色の皮膚だがメス
は明るい茶色をしている。しかしオスでも若い時期はメスと同じ色をしており、成長する
ことで黒色になる。オスメスのどちらも臀部は白い。オスには背こぶがあるがメスにはな
く、体重は7〜8百キロから1トンに達するオスがいる一方、メスは体が小さめでほっそ
りしている。角はオスもメスも60〜75センチの長さで、湾曲しながら真上に伸びる。
日本で通常描かれている鬼面の角に似ていて、それが野牛の勇壮な凄絶さを印象付けてい
るように思われる。

野牛もハーレムを作る。数十頭にのぼる多数の小柄な茶色い野牛たちの群れの中に一頭だ
け色黒で巨大な者がいて、それが群れを統率しているのが野牛ハーレムだ。自分のハーレ
ムを作るのは、強さという実力なしには不可能だ。他のオスを押しのけることができなけ
ればメスは集まらないし、その座を維持するために他のオスの挑戦を打ち砕かなければな
らないのだから。


インドネシア人にとってバンテンは特別の意味を持っており、パンチャシラの国是をシン
ボライズした国章の左上にバンテンの頭が描かれている。パンチャシラ第四項の「英知に
導かれる合議制と代議制方式の人民主権」をバンテンで象徴しているのだ。

スカルノ大統領はしばしば、「インドネシア民族はバンテン民族であり、テンペ民族では
ない」というセリフを演説の中で使った。今のバンテン広場を国民が、オランダ時代の呼
称であるライオン広場と独立後も呼び続けていたことを嫌ったスカルノ大統領は、そこを
バンテン広場という名称に変えた。

1939年に開かれたインドネシア民衆会議Kongres Rakyat Indonesiaでインドネシア国
旗のデザインが議論されたとき、野牛の頭を描いたデザインが提案されている。提案は却
下されて、シンプルな二色旗が採択された。スカルノの衣鉢を継ぐPDIP党の党旗は当
然のようにバンテンの頭が描かれている。


かつて東南アジアの代表格の座を占めていたジャワ島のバンテンは、いまや絶滅の扉の前
に立たされている。西ジャワ州パガンダランPangandaranのパナンジュン自然保護区には
1974年に5百頭を超えるバンテンがいたというのに、1980年には80頭に減り、
そして1988年には10頭を残すのみになってしまい、その後は姿が消えた。2002
年に3〜4頭分の排泄物が観察されている。2012年に1頭だけが保護され、バリ牛に
人工授精させて遺伝子を残す企画が進められているが、子供が小型化するために効果がな
いとして反対する声もある。[ 続く ]