「ヌサンタラの馬(3)」(2021年10月07日)

2005年10月にコンパス紙取材班がスンバ島を訪れて、島民の暮らしぶりをルポした。
取材に応じたのはコルネリス・ダリさん45歳で、妻と4人の子供と一緒に質素な家に住
んでいる。荒涼とした丘の上に建つかれの家は竹網壁にトタン屋根の家屋だ。家の裏手に
は家畜囲いがあり、牛や馬が数十頭飼われている。牛馬の所有者は東スンバ県ワイガプに
住む華人系ビジネスマンで、ダリさんはそれを預けられて飼育しているのだ。

ダリさんは毎朝その牛馬を何キロも離れた草原へ連れて行き、夕方になって家に連れ帰っ
て来る。それがかれのすべての経済活動であり、オーナーからの報酬はコメ50キロ、灯
油10リッター、砂糖2キロが毎月現物支給される。つまり金銭報酬はないということだ。

だがスンバにはhotuのしきたりがあって、預かっている家畜の子供が産まれると、5頭の
うちの1頭を飼育者がもらえる。飼育者は自分の取り分であるホトゥを自由に売ってよい。
たいてい1〜2歳になると買い手がつく。馬は50〜70万ルピア、牛は150万ルピア
だそうだ。ホトゥだけがかれに現金収入をもたらすのである。ダリさんのホトゥは今、5
頭あるそうだ。


毎朝、牛の長い列が草場を目指して丘を下ってくる。牛だけでなく、たいていの家畜集団
には水牛や馬も混じっている。太陽が頭の真上に来るころは、みんなが川や水辺に移動す
る。それが終わればまた草場へ移動し、午後3時ごろ、ふたたび水飲み場に集まる。そし
てそのあと家路をたどる。たくさんの家畜たちが、そして家畜の世話をする飼育者が毎日
行っている日課がそれだ。東スンバ県の総面積は7千Haあり、そのうちのほぼ7割が放牧
地である。

東スンバ県の牛・水牛・馬はそれぞれが3万頭超いて、全家畜数は10万6百頭に上る。
東カリマンタン州やパプア州よりも、東スンバ県の方が数が多い。東スンバ県の人口は1
9万人だから、県民二人に家畜一頭という割合になっている。県外に送り出される家畜は
平均して月1千頭だ。

スンバ島には牧畜王がいる。たくさんの家畜を持っている者の社会ステータスはきわめて
高い。ダリさんが世話している牛馬のオーナーがその例だ。その華人系ビジネスマンはき
っと他の者にも家畜を預けて世話させていることだろう。

ダリさんのケースとは異なる形態も伝統慣習の中にある。anak belisと呼ばれるスタイル
がそれだ。スンバ島では昔から、王族貴族が家畜をたくさん持った。数百頭・数千頭に及
ぶ家畜を世話させるために、王族貴族は一般庶民と結納belisを介して特別な関係を結ん
だ。その一般庶民がアナッベリスと呼ばれるひとびとだ。アナッベリスはご主人様に対し
て家畜を世話する奉仕を行い、ご主人様はアナッベリスの生活を成り立たせてやる義務を
負うという双務関係になっている。

主人とアナッベリスの関係は相伝され、代が変わっても継続される。東スンバの歴史の中
に、ディキ・ドンガという牧畜王がいた。かれは牛・馬・水牛を1万数千頭所有して他の
分限者と桁違いの資産を誇ったのである。かれのアナッベリスは3百人いたそうだ。

ディキ・ドンガの子孫はもはや1千頭を下回る程度の家畜しか持っていないものの、アナ
ッベリスはまだ39家族あって、かれらの暮らしを成り立たせてやらなければならない義
務が重荷になった。そのために、先祖伝来の耕作地をその39家族に与えて重荷を解消さ
せたそうだ。[ 続く ]