「ヌサンタラの馬(5)」(2021年10月11日)

ところがそんな娯楽としてのものにとどまらず、競馬の催しは馬の飼育活動に高い経済性
をもたらすようになった。競馬大会の優勝馬はオーナーに高い経済価値をもたらすものと
いう仕組みができあがっていったのである。全島をあげての競馬熱は、島内競馬大会をシ
ステム化させ、毎年の恒例行事のひとつにした。

島内にある東スンバ・中部スンバ・西スンバ・南西スンバの四県では、最初に郡レベルで
競走馬を持っている大勢の民衆が参加して予選が行われる。競走馬は体高と年齢に従って
7つのクラスに分けられる。各クラスでのスピード競争を勝ち抜いた者が県大会に出場し、
最後に各県の代表たちが全島のチャンピオンシップを競うのである。全島チャンピオン大
会は毎年6〜10月の間に3回行われ、各県が回り持ちで主催する。そのために各県は華
麗な競馬場を設けている。

競走馬を持っている家がこの大会への参加を決めると、一家の主人は妻子を後回しにして
馬に全関心を注ぎ来む。妻子もそれを受け入れて応援する。競走馬は子供の頃から飼い主
に特別扱いされて育てられてきた。専用の飼育房を与えられ、毎朝水浴してから、身体と
脚を温水でマッサージされ、餌を食べたら走行練習を行う。普段の餌は糠やトウモロコシ
の茎などで、一頭あたりひと月の食費は3百万ルピア前後かかる。

競馬大会が近付いたら、一家はお馬様の世話に追われる。毎日、卵6個をハチミツと混ぜ
て食べさせ、更にビタミンも与える。妻子が食べる卵がなくても、馬には卵を食べさせな
ければならない。そうやって、競馬大会での勝利の栄光を目指すのである。

勝利と栄光はチャンピオンを社会のスターにする。馬と、そしてオーナーが社会的な名声
を得て、世間から一目置かれる存在になる。だが、それだけでは終わらない。勝利と栄光
は金になるのだ。優れた競走力は親から子へ伝わる。自分の馬が高レベルでの勝利を獲得
したなら、その子供には桁違いの値段が付くのである。

その仕組みを使って効率の良い経済活動を行なおうと考えるのは、別段不純なことでない。
スンバのリンディ王家の系譜に連なるウンブ・メハさんは東スンバ県に住んで馬の飼育業
を営んでおり、スンバ島の今後の経済発展は競走馬の繁殖と飼育が必ずメインになると主
張して、競走馬によるスンバ島経済の掘り起こしを地元の行政と県民社会に呼び掛けてい
る。

かれの論によれば、引馬や乗馬の需要は自動車に取って代わられる運命にあり、現にほと
んどの家庭が二輪車を持っていて、馬に乗ってどこかに出かけることは昔より減っている。
おまけに人口増によって草原が住宅地に転換され、面積が減少するのは目に見えているの
で、昔ながらの馬の牧畜のあり方は将来性が危ぶまれている、と言うのである。


メハさんはチャンピオン経験を持つ引退したオスの競走馬を一頭4千万ルピアで買った。
「馬鹿げたことをする、と思ったひとが少なからずいたようだが、そんなことはない。こ
れはたいへん有望な投資なのだ。種付馬にして子供を産ませれば、子供は高額で売れる。
生後2カ月の子供馬に1千万ルピア以上の値が付く。」

メハさんは種付馬を家の敷地内の樹につなぎ、周りに10頭のメス馬を放しておく。他の
オス馬がそこに混じらないようにして、できた子供の血統を間違いないものにするためだ。
メス馬が発情すると、家のだれかが種付の世話をする。昔ながらの牧畜スタイルでは、全
員を草原に放すからオスメスの馬が自由に交わるわけで、それでは父馬がだれなのかわか
らなくなる。競走馬の血統を確定させるためには、草原で管理するのは無理だ。[ 続く ]