「ヌサンタラの馬(6)」(2021年10月12日)

メハさんの10頭のメス馬は過去二年間に14頭子供を産んだ。そのうちの一頭が生後2
カ月のときに1千5百万ルピアで売れた。仮に10頭の子供馬が全部同じ値段で売れると
するなら、4千万ルピアの投資で2年間に1億5千万ルピアの収入が得られることになる。

「いま行われている県の行政方針である牛の飼育は、競走馬の飼育に切り替えられるべき
だ。牛は4〜5年育てて一頭5百万ルピア程度にしかならない。しかし競走馬なら、もっ
と短期間にもっと高い価格になる。県庁は優れた競走馬を種付用にして各村に送り、村民
が持っているメス馬と交配させて競走馬の子供をどんどん作らせていくべきだ。そうする
ことによって、経済規模は牛の10倍に達するだろう。馬10頭を育てる方が、牛百頭よ
りも大きい価値を生み出す。」メハさんはそう述べている。


何百年にもわたって馬のいる社会が営まれて来たスンバ島には、言うまでもなく馬を使う
伝統行事がある。pasolaと呼ばれるその伝統行事は、草原に馬を駆って手槍を投げ合う戦
闘ゲームだ。昔は尖った槍が使われていたが、危険であるために1970年代から先端を
平らにしたアカシアの樹の棒が使われるようになった。

戦闘において投擲される短槍は現地語でsolaあるいはholaと呼ばれた。接頭辞pa-が付け
られて「〜もどきのもの」という意味に変化したのがパソラであり、要はそれがゲームで
あることをその言葉が示している。

西スンバ県の四つの村が共同で毎年行っているこのゲームでは、百人を超える騎手たちが
二組に分かれて対峙し、交代で敵陣営に攻撃をかける。攻撃に出た騎手は敵陣に接近して
手槍を投げ、すぐに馬首をめぐらせて味方陣営に戻るのがルールだ。左手はスペアの槍3
〜4本と手綱を持ち、右手で槍投げの構えをしつつ敵前まで全力疾走して敵の騎手めがけ
て投げたあと、即座に馬首を巡らせて帰陣する。だが攻撃される側の陣営にとっては、槍
を投げたあとの敵が馬首を巡らせて横や後ろ向きになる瞬間が絶好の反撃タイミングなの
である。方向転換の際にスピードが落ちると敵陣からの反撃の槍をくらうことになるため、
攻撃者は最初から最後まで全速で疾駆しなければならない。そのときに、騎手と馬の意気
投合した一体感が重大な意味をもたらすのである。

槍が投げられると、周辺を埋め尽くした見物人の間から歓声や、スンバ独特の馬のいなな
きを真似た叫び声が上がる。戦闘場を遠巻きにして囲んだ見物人のどよめきが草原を揺ら
す。男たちが槍を投げ合って荒事を楽しんでいるとき、女たちはクトゥパッを作って親族
知合いと贈り合う。夫の敵のチームに入っている家であっても、女同士は和気あいあいと
この伝統行事を楽しんでいる。


使われる武器が尖っていない木の棒であるとはいえ、馬上から渾身の力を込めて投擲され
るのだから、それが身体に当たったときに当たりどころが悪ければ大けがをしたり、最悪
の場合死亡することも起こりうる。だから慣習を守るrato(長老)たちは、この催事が引
き起こす流血は大地を肥やして豊かな収穫をもたらす原泉になるのだと語って、被害者と
家族一同に私怨を持つことを戒めている。運悪くこの催事の中で死亡しても、復讐劇は起
こらない。復讐は翌年のパソラでルールを守って行うしかないのだ。

パソラが行われるのは毎年2〜3月にかけての時期であり、新しい作付期が来たことを祝
う祭りの一環として行われている。その祝祭では、nyaleの儀式がパソラに先立って行わ
れなければならない。ニャレとはゴカイの仲間に属すイトメの一種で、普段は海底に住ん
でいるが、ニャレは一年に一度、生殖のために大量に水上に上がって来る。ニャレの学名
はEunice fucataだ。[ 続く ]