「ヌサンタラの馬(12)」(2021年10月21日)

スンバ島の東側にあるティモール島でも馬の飼育が行われている。ここでもひとびとは、
貧しいながらに馬と共に生きている。そんなかれらの暮らしに、一年に一度の娯楽がもた
らされる時期がやってくる。8月17日の独立記念日だ。

独立記念日には各村や町で住民参加のゲームが行われる。バレーボール・サッカー・綱引
き・クルプッ食いなどだが、もっと早いタイミングでスンバワ島のような子供競馬も行わ
れる。小学生の子供たちが騎手になって馬を駆り、スピードを競うのだ。娯楽に乏しいテ
ィモール島辺境地帯の子供競馬に、男も女も、老いも若きも熱狂する。


2009年8月1日、北中部ティモール県北インサナ郡ハウメサッ町タンジュンバスティ
アンの馬場に、競馬大会実行スタッフの声がスピーカーから流れた。「子供らは馬に蹴ら
れないように気を付けなさい。まず馬が暴れないように、よく撫でてやれ。観客はコース
にあまり近寄らないように。馬が怖がるから。」

タンジュンバスティアンはティモールレステとインドネシアの国境線から5キロくらいし
か離れていない。その日、第64回独立記念日を祝う北中部県令賞第5回子供競馬大会が
そこで開催されたのである。大会の主催者は県庁で、民間会社が協賛し、賞品は現金総額
9千万ルピアと牛12頭(一頭3百万ルピア相当)。この日スピードを競う馬は202頭
であり、県内と隣県の各地区を代表して集まって来た。クパン市・クパン県・ベル県・南
中部ティモール県・ロテンダオ県、と参加者は広範囲にわたっている。たいてい馬とジョ
ッキーの組合せは同一地区出身だが、A地区の馬とB地区のジョッキーという組み合わせ
も中に見られる。

実行スタッフが呼び掛けるジョッキーと観客への警告は、この大会が公式競馬とは無縁の、
村の衆の娯楽で行われていることを如実に示している。村の各家庭が一緒に暮らし、普段
は農耕や運搬の作業に使っている馬がこの馬場に連れて来られているのだ。


会場には数百人の観客が集まって来た。四輪や二輪の自動車で、あるいは徒歩で。徒歩で
来たひとびとが大部分を占めている。入場無料だから、実にさまざまな階層のひとびとが
来る。古びたシャツだけ着せられた下半身裸の幼児から、一張羅を着込んだ華人頭家たち
まで、思い思いの場所に陣取り、立とうが座ろうが自由だ。

小学生くらいの年齢のジョッキーが乗った6頭がゴールに駆け込もうとするころ、スター
トラインに次の5頭が並ぶ。だがコースに向かって並ぼうとせず、頭をコースに向けさせ
ると嫌がって暴れる馬もいる。

ひいきの馬や応援する馬がスタートラインに出てくると、観客はコースに入って馬に近寄
り、声を掛けようとする。実にたいへんな草競馬のありさまである。娯楽の少ない辺境地
域だから、このような子供競馬大会をひとびとは大いに愉しもうとする。


国境地帯のウィニ地区に住む主婦のメリーさんも、大会を楽しんでいるひとりだ。かの女
の家庭は貧困地域の中にありながら、経済的には余裕のある暮らしをしている。品揃えの
かなり充実した雑貨ワルンを営み、井戸があり、ガソリン発電機とパラボラアンテナを持
ってインドネシア国内TV放送のいくつかを見ている。それでも娯楽が乏しいのだとメリ
ーさんはこぼす。

北中部ティモール県のハウメニアナやベル県のモタアインとトゥリスカインは未電化地区
であり、一般住民にとってTVは高根の花になっている。太陽光発電設備を使っている家
もあるが、電力量はたいへんに小さい。トゥリスカインの国境警備部隊駐屯所指揮官は、
ガソリン発電機を使って夜間照明を行っており、ラップトップコンピュータの充電は必ず
夜に行っている、と語っている。しかしガソリン節約のために発電機稼働時間を細かくコ
ントロールしているそうだ。


ティモールレステからインドネシアに移住したガストロ・パレイラさんと結婚したユリタ
さん24歳は厳しい暮らしぶりを物語る。モタアインの町に住むその一家は、水浴のため
に家から30メートルほど離れた泉に通わなければならない。泉はモタアイン国境郵便局
の近くにある。テレビを見るのも、テレビを持っている近所のお宅の庭に行き、大勢で窓
の外からテレビを覗かせてもらっている。

そんな貧しい暮らしの中で、農村地帯は馬と子供を用意して賞品を得ようと競い合い、競
争に参加しないひとびとも競馬を愉しんで日々の暮らしに不足している楽しみや歓びを追
い求めているのである。[ 続く ]