「ヌサンタラの馬(13)」(2021年10月22日)

スラウェシ島は馬の宝庫だ。中央統計庁2020年データによれば、スラウェシの州別頭
数は次のようになっていて、全国総数392,137頭の47%がこの島に住んでいる。
南スラウェシ州 174,392
北スラウェシ州   3,990
ゴロンタロ州    1,750
西スラウェシ州   1,379
中部スラウェシ州  1,374
東南スラウェシ州    755


行政区画別で見るなら、南スラウェシ州ジネポントJeneponto県の馬の数は2017年に
35,167頭あって、州内は元より全島でトップのその数値は南スラウェシ州24県市
の平均値をはるかに凌駕している。そのためにひとびとは、スラウェシ島西半島部最南端
のジネポントをKampung Kudaと呼んでいる。

ジネポント県民は馬肉を好んで食用にしており、祝祭に馬肉がないと祝いにならないとい
うのが地元での常識になっている。かと言って、県内にいる馬がすべて食用というわけで
は決してない。2017年に屠られた頭数は4,538頭で、それ以前の数年間は2千頭
台というデータが出されている。


南スラウェシでも馬はひとびとと共に生きて来た。交通手段・重量物運搬・農耕・戦闘・
狩猟・競争など馬を用いる人間の用途に応じて、それに適した馬が使われて来た。馬には
大別して三つの種類があると研究者は書いている。

軽量タイプは体高145〜170センチ体重450〜700キロで、乗馬・引馬・競走馬
として適している。重量級より活発で走りが速い。重量級は体高145〜175センチ体
重700キロ超で、力仕事に向いている。ポニーは体高145センチ未満、体重240〜
450キロで、軽量タイプのような使われ方が多い。

人間が生活上で必要としている便宜を馬が与えてくれた。乗物として、労働パワーとして、
更に競馬や曲芸ショーなどの娯楽も馬あってこその賜物だ。産業として馬の牧畜が行われ、
あるいは趣味として馬を飼育するひともいる。


南スラウェシの王はMa'jongaという名の催事をしばしば開いた。これは鹿狩りのゲームで
あり、馬術に覚えのある者はだれでも参加できた。マッジョガは王家の娯楽として行われ
るものであり、公式行事ではない。

マッジョガのルールは、森林の開けた場所に待ち受けているハンターたちが、森林の中か
ら追われて飛び出してきた鹿を生け捕りにするゲームである。このゲームに参加するハン
ターたちは先端に縄の輪がついたtoda'と呼ばれる棒だけを持ち、逃げようとする鹿に追
いすがってトダッの輪に鹿を捕えなければならない。

王はハンターたちの卓絶した馬術と捕獲の技を一族や近しい貴族たちと一緒に現場に作ら
れた展望塔に登って見物し、優れた者を部下に取り立てた。中でも、鹿を捕獲した者には
たいそうな褒美が与えられた。市井の一庶民が貴族に叙せられた例もあるという話だ。一
般庶民にとってマッジョガは身分上昇、つまり出世の扉を開くチャンスであり、さぞかし
たくさんの若者が古来からその夢に挑戦してきたことだろう。


王国の時代は過ぎ去り、マッジョガも過去のものになってしまったが、スラウェシ島民は
北のマナドから南のジネポントに至るまで、馬に乗る伝統を依然として続けている。その
花形が競馬だ。大人から子供までが馬に乗って疾走する。ただし馬は雄々しさのシンボル
であるため、疾走する馬に乗るのは男性ばかりのようだ。[ 続く ]