「ジャワ人の台所(2)」(2021年11月02日)

健康な台所に関する国民への知識啓蒙は続けられ、続々と出版される書物には大きな換気
窓を備えている床の乾いた台所の絵や写真が掲載された。そのころ、豪華な台所と質素な
台所が比較される傾向が出現した。質素な台所は石油コンロ・調理器具・素朴な机がある
だけだが、豪華な台所は電気を使うコンロがあり、床はタイル張り、そして種々の電気調
理器具がそろっている、というものだ。


国民の健康生活促進は政府の政策になり、キャンペーンが行われた。オルバ期のPKK(
家庭福祉育成プログラム)では、さまざまな家庭問題への対策と共に健康な家庭生活と健
康な台所というテーマが頻繁に取り上げられた。

オルバレジームが国民の経済レベルを向上させると、実際の台所の姿も変化を示すように
なった。まず女性週刊誌が台所に関する最新イノベーションを紹介し、それに追随してデ
ザインや建築関連の雑誌も台所関連の最新型製品を掲載するようになった。マスメディア
はそのように台所のあり方の啓蒙に大きな役割を果たしたのである。外面的なデザインや
実質的な中身だけでなく、住居の一部分としてばかりかわれわれの暮らし全般における台
所の地位と機能の観念まで、それらの情報は国民を教化した。

モダンできれいな台所コンセプトによって、さまざまな電子式調理器具が台所を満たすだ
けでなく、排煙設備や食器洗浄機、冷蔵庫、オーブン、電子レンジ、シンク、更には様々
な形態やデザインの蛇口・引き出し・オートストッパーなどの諸設備までが台所の中を彩
るようになった。

このような台所が裏の隠れた場所に設けられるものでないのは明らかだ。それは世間に示
されるべきものになっており、家屋設計の中で重要な一部にされている。そんな台所を設
けるための費用は、家屋の他の部分に比べてとりわけ巨額なものになった。多分浴室と双
璧をなしているにちがいない。


現代生活における台所の機能は既に変化した。台所は単に食べ物を作り出すための場所で
なくなり、家族が集まって団らんと意思疎通を生み出すための究極の場所に変化したので
ある。更には、親近感をもたらす客を迎え、一家の「内部」に招き入れて接する場所にも
なった。

台所は一家のキャパシティとクオリティを示す展示場の趣を持つようになり、こうしてき
れいな台所dapur bersihと汚れた台所dapur kotorの二分化が発生した。この観念がいつ
どこから起こったのかはっきりしないのだが、多分全国の都市部で住宅建設が盛んになっ
た1980年代ではなかっただろうか。

きれいな台所は展示場としての台所であり、汚れ仕事を行う昔ながらの台所機能と切り離
されて、せいぜい冷めた料理を温め直したり、飲み物を作るといった軽い作業だけが行わ
れるようになり、食材がごろごろと転がり置かれ、ゴミやカスが散らかっている昔ながら
の台所は、ダプルコトルとして維持された。ダプルブルシッは世間に対して見せるための
もの、一方本格的な調理作業はダプルコトルが一手に引き受けた。ダプルブルシッは場所
としての姿を見せるためのものであり、調理作業を世間に見せる必要などまったくないの
だから、そこで本格的な調理が行われるわけがない。

台所はもはや裏方の役割にとどまらず、モダン文化の中で、陽の当たる場所でライフスタ
イルを示すポジションに引っ張り出されたのである。もちろん、世間に見せるライフスタ
イルは豪華で贅沢なものになるのが当たり前だ。台所には高いセンスの芸術感覚と趣味の
良さが反映された。審美感・機能性・現代性・快適さ。台所が社会階層を示すシンボルに
なれば、それがどうあらねばならないかは自ずと決まって来る。[ 続く ]