「ヌサンタラの馬(20)」(2021年11月02日)

現代のジャワ島では、馬に関する著名なものにKuda Renggongがある。レンゴンはスンダ
語の方言で「痩せた・ほっそりした」を意味するrenggingの同義語だが、クダレンゴンの
場合のレンゴンはronggengの音位転換で作られた言葉だと説明されている。

スンダ語ロンゲンは元々スンダの民衆芸能を担う女性歌舞芸人を指す言葉だった。小規模
編成ガムランの伴奏で歌と踊りを演じる女性歌舞芸人のことである。ところがそのスンダ
の伝統芸能そのものがロンゲンと呼ばれるようになった結果、今やこの単語はもっぱらそ
のスタイルのスンダ芸能を意味し、女性歌舞芸人はpenari ronggeng, penyanyi ronggeng
などと呼ばれるようになっているようだ。


クダレンゴンは小規模編成音楽隊の伴奏に合わせて馬が踊る芸能だ。馬が踊ると言っても、
リズムに合わせてステップを踏むだけであり、くねくねと身体を曲げるわけではない。そ
れでも四つ足をリズミカルに動かしているだけで、馬の背は大海原に出た小舟のように上
下する。面白いのは、踊っている馬がたいていリズムに合わせて口を一緒に動かすのが普
通であるらしく、馬の顔を見ていると愉快になってくる。

音楽隊はガムラン楽器をメインにした打楽器楽団であり、その中にスンダ楽器のtarompet
が入ってメロディを受け持っている。このタロンペッは西洋金管楽器のトランペットとは
似ても似つかない、木製の管に穴をあけた木管楽器であり、ミナンカバウのserunaiとよ
く似ている。ミナンカバウのスルナイはインドのカシミール高原が発祥の地であるshehnai
という楽器が伝来してミナンに定着したものだ。シェナイはインドのコブラ使いがコブラ
を操るために使ったpungiという笛の発展改良版という話だ。ちなみに、シェナイは中国
から日本に入って来てチャルメラになり、ヨーロッパに入ってオーボエになったという話
もある。

やっかいなことに、たくさんのインドネシア人がタロンペッも金管楽器トランペットもト
ロンペッと発音してくれるために、話を聞いているわれわれはよくよく言っていることの
内容を吟味して意味をつなげていかなければ、誤解の穴に落ち込んでしまうことになりか
ねない。


クダレンゴンは西ジャワ州スムダンSumedang県チクルブッ村で興ったもので、今ではスム
ダン県の郷土芸能になっており、県内のいたるところにクダレンゴン芸能グループがある。
県内10郡のあちこちの村に総勢百近いグループがいて、個々に活動しているのである。
県庁も年に一度、クダレンゴンフェスティバルを催している。

グループは男の子の割礼祝いなど住民の祝祭事に招かれたり、あるいは村への賓客をもて
なす際の慰安として馬を使うショーを繰り広げる。特に割礼の祝祭では、これから割礼を
受ける男児を馬に乗せ、楽隊と共に村の中を練り歩く。音楽隊も一緒について行進し、若
い衆も音楽に合わせて踊りながら練り歩くから、普段は静かな村の中が華やかさに彩られ
る。

踊る馬の背に乗っている男児がこれから受ける割礼に不安や恐怖を持っていたとしても、
自分を主人公にしたパレードがそのように行われることできっと大きなプライドを抱くこ
とだろう。そのプライドが子供の心の中にある恐怖や不安を押しのけ克服するのに一役買
うことは十分に想像できる。イスラム化の進展する中でそんなしきたりを設けた往時のひ
とびとの知恵は、実に脱帽に値するように思われる。


東南スラウェシ州ムナ県で行われている闘馬に似たショーも行われる。ムナ県の闘馬は馬
が本気になって喧嘩するものだが、スムダンのクダレンゴンのショーの中で行われる馬同
士のシラッsilatは、人間が馬に仕込んだ芸を客に見せるものであり、馬が本気で喧嘩す
るわけではない。馬は後ろ脚で立ち上がり、前脚を胸の前で折って、互いに闘うような構
えを見せるだけだ。[ 続く ]