「ヌサンタラの馬車(17)」(2021年12月21日)

チドモの語源になっているチカルは荷物運搬用の牛車、ドカルは上で説明した通り、そし
てモビルはチドモの車輪に中古自動車のタイヤが使われていることに由来している。つま
りチカルの車体を馬に引かせ、車輪は自動車タイヤを使っている、というのがチドモの概
略説明になるのではあるまいか。


チカルの名前が出たついでに、牛車のことも見ておこう。牛が引く荷車はチカルやプダテ
ィという名称が使われているものの、ジェネラルな呼称としてはgerobak sapiが使われる
ケースが多い。これは多分、馬が引くkereta kudaの対照語になっているのだろう。必ず
しも厳格な語義として使われてはいないものの、人間を乗せることを連想させるクレタと
荷物を載せることを感じさせるグロバッという語感の差異がそこに漂っているように、わ
たしには思われる。

チカルとプダティの使い分けがどうもよく分からないので、グロバッサピとしての説明を
先にしておくことにする。馬車の種々の呼称よりもバリエーションは少ないものの、同じ
原理が牛車をも覆っているような気がして、しかたがない。

昔の牛車はチーク材だけで作られた直径160センチという巨大な車輪を使っていた。そ
の上に鉄の輪がかぶされるようになり、もっとしてからゴムの層がその上に装着されるよ
うになった。昨今作られている車輪は、空気を注入するゴムタイヤが多い。車体の枠組み
も昔の硬いチーク材に変えてブンキライなど他の樹種が使われるようになっている。車体
の形状はきわめて簡便素朴な荷車になっているのが普通だ。

牛車が通常、くびきでつないだ2頭の牛で引かれているのは、荷の重量に従って行ってい
ることではないだろうか。一頭の牛力だと無理がかかるのなら、2頭使うに決まっている。
くびきはpasanganと呼ばれ、2頭の牛をつないで両者の歩みの方向と速度を一致させる機
能を果たしている。ジャワ人は婚姻で結ばれる男女にこのパサガンの哲学を教訓として与
えるのがお好みのようだ。その場合、パサガンはカップルの相手の意味でなくて、カップ
ルをつなぐ婚姻の意味になっている。

昔はチーク材を削ってそのままパサガンとして使っていたものだが、時代が下って来て派
手な色使いで塗ることが流行するようになり、昨今では、車体はすすけたモノトーンなの
にパサガンだけがやたら目を引く姿をしている。

車体は柱が立てられて、上が屋根で覆われる仕組みになっているが、もちろん取り外しも
簡単にできる。屋根は竹をシート状に編んだもので、目を詰めて編まれていて、極力雨水
が荷にかからないように工夫されている。大量の荷物を運べる大型の荷車は、そのスペー
スに荷物を満載するとまるで家屋のような大きさになる。そこに竹編みの屋根がかぶせら
れているから、ますます家屋そっくりに見えて来る。

[cikar] 
KBBIの説明はこうだ。kereta beroda yang ditarik oleh lembu atau kuda; pedati
スマトラ・ジャワ・ロンボッなどでよく使われている、二輪の荷車を牛や水牛に引かせた
ものがチカルだ。もちろん牛でなく馬に引かせてもかまわない。引く動物が何であるにせ
よ、たいへんな重量の荷物を載せて運ぶのだから、たいていは道路を歩く。どうせ歩くの
なら馬よりも牛の方がふさわしいということなのだろうか、馬が使われるケースは少ない
ように見える。

農産物を運ぶ用途が多いようだが、人間を運ぶこともする。土地が平坦で道路も比較的良
好な地方ではトラックが入りやすいためにチカルの姿がほとんど見られなくなったものの、
そうでない地方へ行けばまだまだチカルが路上に踏ん張っている様子を見ることができる。
チカルを引く牛はたいそう力が強い。雨季になるとその牛たちは水田を鋤く仕事をしてい
る。乾季になるとその仕事がなくなるため、農民は牛を遊ばせておくことをせず、チカル
を引かせて賃仕事を行うのが普通だ。

このチカルも古い時代に作られて何世代にも渡って相伝されたものが少なからずあり、博
物館や骨とう品コレクターがスマトラ・ジャワ・ロンボッなどの田舎を回って古いチカル
を買い集めている。[ 続く ]