「ジャワ島の料理(59)」(2022年02月02日)

ボゴールで人気のある食べ物にNgo Hiangがある。これは五香の福建語読みであり、大回
香 ・小回香・桂皮・花椒・大料の5種のスパイスの混合調味料を指しているのだが、ジ
ャワにやってきたその言葉は5種のスパイスを使った食べ物に変身してしまった。ちなみ
に大回香はウイキョウ、小回香はフェンネル、桂皮ケイヒ、花椒は四川山椒、大料は八角
だそうだ。

ところが、中国のオリジナルがそうであっても、ヌサンタラへ住み着いた華人(主に福建
人)はヌサンタラで手に入るスパイスで五香の代替品を作った。 ヌサンタラでそれらは
bunga lawang, cengkih, kayu manis, lada, biji adasと呼ばれているスパイスである。

それを粉にして混ぜ合わせたものがインドネシアでは五香粉として売られているから、中
国の五香と同一視すると誤解の元になりかねない。ヌサンタラバージョンのスパイスで中
国の五香と同じものはbunga lawang八角とbiji adasウイキョウとkayu manis桂皮の三つ
だけではないだろうか。

五香という言葉はジャワでこんな食べ物になってしまったのだ。豚肉とエビのミンチに五
香粉とニンニク・赤バワン・ゴマ油・ショウガ搾り汁・塩砂糖などを混ぜ、春巻きのよう
に細長くして豆腐皮で包んで揚げたものがインドネシアで五香と呼ばれている食べ物なの
である。スンダではngo hiang、ジャワではngo yangという名称になっているらしい。

プラナカンの世界では豚肉が使われているものの、一般消費者向けのものはムスリムイン
ドネシア人を慮って豚の代わりにニワトリが使われるのが普通だ。ボゴールで間食用に売
られているゴヒアンは、ひと口大に切った春巻き状のゴヒアンを茹でジャガイモやロント
ンなどと一緒にして皿に盛り、甘酸っぱいソースをかけて食べる。


ボゴールで伝統的に食べられていた間食にdoclangがある。このドチランはブタウィ人に
とってのketoprakに該当するもののようだ。ブタウィのクトプラッにはクトゥパッやロン
トンとタフにビーフンやモヤシが混じるが、ボゴールのドチランはビーフンやモヤシを使
わず、その代わりにジャガイモとゆで卵が皿に載る。その上からピーナツソースがかけら
れるのは同じだ。

昔はたくさんの行商人が荷を担いで住宅地を回り、ドチランを売り歩いていた。しかし既
に時代が変わってしまい、食べ物を行商する習慣はさびれてしまった。自分で売り歩くこ
とをしない販売者は固定的な場所で売ることになり、消費者のほうが買い歩く形に主客転
倒する。間食のためにわざわざドチランを売っている場所まで行くひとが減ってしまった
のだろう。今やボゴールで、ドチランは珍しい食べ物になってしまった。


asinan Bogorというご当地名を冠した食べ物がある。アシナンというのは塩砂糖とスパイ
スを溶かした酢に野菜や果実を漬けたもののことだ。砂糖は隠し味であり、塩辛さの方が
勝っている酢溶液なのだから、舌は酸味を最大優先で感じる。更にインドネシアで不可欠
なトウガラシが必ず混ぜられるから、酸味と辣味に次いでやっと塩味になるにも関わらず
名称がアシナンとはこれいかに?

やはり同じような酢の溶液に漬けた野菜や果実でacarと呼ばれるものがある。インド語由
来のアチャルは日本の漬物のような役割を果たすものであり、一般的な使われ方として飯
とおかずの食事に彩を添える機能を持たされている。中華レストランへ行くとアチャルチ
ャベによくお目にかかる。生のままだと七転八倒するほど辣いトウガラシでも酢漬けにす
ると辣味がトーンダウンするようにわたしは感じるのだが、同意なさる読者はいらっしゃ
るだろうか?アチャルはやはり彩なのだ。

アシナンは違う。野菜のアシナンなら十分に飯のおかずになるのだ。単に彩を添えるよう
な慎ましやかなものではない。ジャカルタでわたしはしばしばアシナンブタウィを飯のお
かずのひとつにして食べていた。もちろん、野菜のアシナンを間食として食べるひともた
くさんいる。果実のアシナンを飯のおかずにしてもおかしくはないが、やはり好みの問題
だろう。わたしにはできない芸当だ。[ 続く ]