「ジャワ島の料理(89)」(2022年03月18日)

ブガナはまず、ヤシの果肉フレークを煎ったものを用意することから始まる。それをコシ
ョウ・ショウガ・コリアンダーと混ぜて潰す。茹でてドロドロにしたヤシ砂糖と潰したも
のを混ぜ、バナナ葉の上に載せて供する。


そんなブタウィ人のルバラン食について、ブタウィ史家のJJリサル氏はこう書いている。
ルバランを祝うジャカルタのブタウィ人の食卓に並ぶ食べ物は十種類を超える。料理・軽
食・甘いもの。ブタウィ人の伝統食品だけでなく、オランダ・ポルトガル・中国などに由
来するものもある。ところが、その祝祭がイスラムのものだというのに、アラブ由来の食
品が見当たらない。

さあ、ルバランが近付いた。ketupat sambal godok, semur, manisan buah atep, ananas 
taartなどにまた再会できるぞ、とわたしは考える。だが、ルバランとは単なる食のお祭
りなのか?もっと本質的な意義がそこに横たわっているだろう?わたしの心の片隅にそん
な声が聞こえる。

クトゥパッを割り、飯を細かく切ってサンバルゴドッをかけ、スムルの汁を注ぐ。ブタウ
ィ人のルバランはそれが主食品なのだ。サンバルゴドッはブタウィのオリジナルだが、ス
ムルはポルトガル人からもらったものだ。スムルのブンブの主役に使われるケチャップは
中国人がもたらした。

多様性がそこに象徴されている。しかしこのルバランの食べ物の中に象徴されている多様
性は歴史の流れの中で長続きしなかった。昔のルバランでは、華人由来のbuah manisanが
ブタウィ人の家庭で必ず用意された。ところがmanisan pepayaやmanisan ceremaiは既に
姿を消してしまい、かろうじてmanisan buah atepが生き残っているものの、年々その影
を薄くしている。赤白緑などに彩色されている、甘く噛み応えのあるこの真珠のようなも
のは、コブミカン葉の味がしっかり混じっていると、とてもおいしい。

やはり華人の台所から出て来たものだが、影が薄くなってしまったものにkue satuがある。
クエサトゥという菓子は緑豆の粉と白砂糖で作られる。木型を使って魚やバラの花の形に
作られているのが普通だ。この菓子は今でも駄菓子屋に行けば売られているが、サゴ粉が
たっぷり混ぜられているから、昔の味を期待することはできない。

しかし何かが稀な物になっていくと、すぐに代わりが探されて、近年のルバランには華人
の陰暦正月のシンボルであるクエクランジャン別名クエチナがあちこちに姿を現すように
なった。


儒教・道教・仏教を統合したSam Kauw(三教)信者のSin Tjia(新正)祝祭の主役を担う
クエクランジャンがルバランに加わって来たことは、ブタウィ人のルバランが持つプルー
ラリズム哲学を更に強化するものとして喜ばしいにちがいあるまい。

これは、キリスト教信徒であるオランダ人とオランダ系プラナカンのクリスマス祝祭のた
めの菓子kaas stengelsがブタウィ人のイドゥルフィトリ祝祭に加わった先例に続くもの
だろう。カステンゲルスをブタウィ人はkue kijuと呼んだ。kijuはkejuのことだ。実際に
チーズは使われていないというのに。ブタウィ人にとって、チーズはオランダ人を象徴す
るものだったらしい。つまりクエチナのようにクエブランダと言いたかったのではないだ
ろうか。しかし、オランダ人のクリスマス用菓子をブタウィ人がルバランのために取り込
んだのはどうしたことなのか?


2000年に出た書籍Warisan Budaya Betawiの中で著者リッワン・サイディは、ブタウ
ィ人はクリスマス祝祭日前夜や大みそかの日の夜にオランダ系プラナカンの家を訪問して
祝辞を述べ、饗応を受けていた、と書いている。反対にルバラン前夜にシニョやノニたち
はブタウィ人カンプンにやってきて爆竹を楽しみ、またカンプンのひとびとと混じり合っ
てムスリムの祝祭を肌に感じていた。オランダ系プラナカンのトアンやニョニャは隣人の
ブタウィ人の家を訪れて、イドゥルフィトリの祝辞を述べていた。

クリスマスイブにキリスト教徒の家を訪れて祝いを述べたブタウィ人は、その家の主人と
奥方が勧めるカステンゲルスを食べて気に入り、それをムスリムの祝祭にも作って食べる
ようになった。

いや、カステンゲルスばかりではない。ananastaartやboterspritsまでもがカステンゲル
スに同行したのである。アナナスタルトは発音しやすかったと見えて、ブタウィ人はナス
タルと呼んだが、ボテルスプリッツは言いにくかったらしくクエスンプリッという名を与
えられてしまった。おまけに茶を飲んでいたブタウィ人たちがオランダ風に染まって、ル
バランにシロップを飲むように変わった。[ 続く ]