「セム語クップル(後)」(2022年04月08日)

ライター: 語義傾注者、サムスディン・ブルリアン
ソース: 2017年2月11日付けコンパス紙 "Dari Kuppuru (2)"

ヘブライ語でk-p-rが持つ種々の意味の中には、きれいにする・移す・代表する・弁償す
る・贖う・覆う・否定するなどが含まれている。儀式においてk-p-rは罪と罪の結果生じ
たものを人間から取り除く行為を指して使われる。

kipperの語は、ポジティブな意味で「覆う」「隠す」を表す。つまり罪や穢れを神の目か
ら隠すことだ。ところが神はあらゆるものごとをお見通しなのである。となれば、罪は隠
れただけでなく消滅したことになる。そして神は怒りをしずめる。こうして人間と神の間
に和が回復される。それがこの儀式の最大の意味なのだ。kefiraは反対に、ユダヤ教の一
般ドグマにそぐわない教えを意味する。

koferは、罪を神に贖なうために行われる弁償や代償を意味しているものの、この言葉は
真理を隠す者に対しても使われる。つまりトーラを信じない、あるいはユダヤ信仰を拒否
するユダヤ人に貼られるレッテルなのである。


ユダヤ人ならば、ユダヤ教を信仰しないユダヤ人でさえ、かれらの最大の祝祭日であるYom 
Kippurを盛大に祝う。それはユダヤ暦第7月に人間が神と和解するための儀式を行う平安
と信仰の日であり、生贄を捧げる聖なる日だったアッカディア暦のクップル祭祀の日と同
じなのである。ヨムキプーは常にシュバッsabbathの曜日になる。金曜日の日没時から土
曜日の日没時までがシュバッの日だ。

世界はヨムキプーを戦争の名称として記憶している。アラブ同盟国とイスラエルの間で1
973年10月6日から25日まで続いたその戦争がヨムキプーの日に始まったのだ。断
食月に行われた戦争だったから、ラマダン戦争とも呼ばれた。ユダヤ人は全身白ずくめの
姿でヨムキプーの日に25時間の断食を行う。ラマダン月が月の中の月であり、ヨムキプ
ーがシュバッの中のシュバッだったというのはたいへんなイロニーだ。お互いに断食を行
って祈りを捧げている者同士が戦争を行ったのだから。

アラブ語でkafaraは覆う意味だ。農業世界でその言葉は植える意味を持った。つまり種や
苗を土で覆うのである。alkufferは農夫と翻訳することができる。kafrは農夫が住む村で
あり、ヘブライ語のkfarと同じだ。法律の中でkaffaratは弁償を意味する。それは祭祀に
おける贖罪とよく似ている。さまざまなものを覆うと見えなくなるから、隠すの意味が生
じた。神の光を隠す夜の闇のように真理を覆い隠すという理解から、否定する・拒否する
・信じない・心を閉ざす・恵への感謝をしないなどの意味に発展した。それが今や世界中
でkafirの語の中心語義になっている。神を信じない、あるいは神を拒む者がその意味な
のである。


インドネシア語keparatは昔からよく知られた罵倒語のひとつであり、カフィルを意味し
ているが、通常は宗教的語感なしに使われている。いまやカフィルの語は、宗教・社会・
政治上のさまざまな理由のために、その使用の是非をめぐって論議を呼ぶ言葉になった。

ある者は自分に賛同しない者すべてに対してカフィルの語を使いまくっている。ある者は
カフィルを行いまくっている。ある者は誰に対しても、何事に対しても、カフィルという
ラベル貼りを拒否している。takfir(訳注:他人をカフィルと決めつけること)はきわめ
てセンシティブな行為であり、時にはそれによって引き起こされた問題を鎮めるために国
家権力が介入を求められたり、あるいは行政が自から介入して沈静化させるような社会騒
乱を引き起こす潜在性を持っているからだ。たとえばチュニジアの憲法はタッフィルを内
容にするファトワを禁止している。

キリスト教はユダヤの母胎から生まれ、その初期には話し言葉として、セム語系のひとつ
であるアラム語が使われた。しかし新約聖書の書物や文書の中では主にギリシャ語が使わ
れた。ギリシャ語はセム語系に属さない。それゆえ語源言語学的には、和解するや和をも
たらすを意味するhilasmosやeksilasetaiは翻訳された元の語kipperの概念に何の貢献も
もたらさなかった。インドネシアバイブル協会はインドネシア語訳聖書に何回かカフィル
の語を使っている。[ 完 ]