「ワルン(8)」(2022年05月11日) デリーの農園群での生活の中に、ジャワに構築された労働倫理観と異なるものが存在し、 それがメダンの街中にジャワ人が開き、またノンクロンのために利用するワルンコピの展 開を推し進めた可能性をアンドレアス・マルヨト氏は指摘している。 デリではたいていどこの農園でも、ひと月に二回ある賃金支給日とその翌日の二日間、労 働者は全員休みを与えられ、農園内で音楽・踊り・飲食・酒・賭博・女に満ちたお祭り騒 ぎが繰り広げられた。エネルギーを搾り尽くされる半月間の労働を乗り切ったあとのお祭 り騒ぎが三年とか五年の労働契約を結んだジャワ人の生活習慣と価値観をひっくり返した ことは想像に余りある。 このデリの農園生活のありさまについては、拙作「『ニャイ』植民地の性支配」: http://indojoho.ciao.jp/koreg/libnyai.html 中の< 農園のニャイ >の項をご参照ください。 たとえお祭り騒ぎの底に別の意図が隠されていたとしても、労働と休憩休息が短い期間の 中で両立するあり方は、「生きる」という活動を禁欲的な勤労主義で塗り固めることに対 するアンチテーゼとして捉えることを可能にするように思われる。 農園所有者に雇われて農園経営を委託された農園管理者とその手足となる管理助手たちヨ ーロッパ人自身が持った労働観がそこに反映されていたかどうかはまた別問題だとして、 かれらメダンに住むヨーロッパ人たちは自分たち専用のノンクロン場所を持った。 19世紀末ごろから20世紀初期にかけて、メダン在住ヨーロッパ人の間ではメダンクラ ブやホテルドブールのカフェ/レストランが人気のあるノンクロン場所になっていたそう だ。 メダンの市内でコーヒーを飲みながらノンクロンする場所はそれぞれの種族語別にクダイ コピ・ラポコピ・コピティアム・ワルンコピ、更に国際語のカフェなどが使われてきた。 その中でワルンコピ、略称ワルコップが何十年も昔から最有力者の地位を獲得してきたの である。WARung KOPi = WARKOPだ。住民人口最大のジャワ人だけがそれを使っているので なく、メダン市民一般が使う呼称になっているということなのである。 ワルコップという名称はコメディグループの名前として全国的に有名になった。このグル ープは1973年に民間ラジオ局プランボースが組んだトーク番組から誕生した。最初は ワルコッププランボースと称していたが、ラジオを離れて舞台や映画に出演し始めたとき、 プランボースの名前が出るとラジオ局への著作権支払いが発生することが判明し、ワルコ ップDKIに改名した。 メダン市民によれば、ワルコップという言葉はそのコメディグループ登場よりもっと古く からメダンで使われていたそうだ。一方、ラジオプランボースが始めた番組も人気を集め、 「ワルンコピでのリラックストーク」というタイトル名はワルコップと短縮されて人口に 膾炙した。ワルンコピをインドネシア人が短縮すれば、誰がやってもそんなものになるの だろう。 インドネシアにある飲食ワルンが持っているイメージは、集まって来た客たちが貴賎貧富 の差を店の外に脱ぎ捨て、裸の人間として店の中で交友する場所という姿でしばしば描か れる。 狭い店で客の一人が店主と世間話をしていると、その客と知り合いでもない別の客が話の 中に割り込んで来て自分の意見を開陳する。するとまた別の客が・・・というように、客 同士が知り合いでも友人でもないのに、その場に居合わせたことがきっかけになって座談 会が始まる。[ 続く ]