「黄家の人々(2)」(2022年05月27日)

太陽は既に西の空に下って来て、暑い陽射しはやわらいだものの、ところどころに田畑の
ある山の中腹の道をひとりで歩いている大柄な男の手は、顔に流れ落ちて来る汗をひっき
りなしに拭っていた。その男はプリブミの服装をしていて、上着のボタンは外してあり、
その裾が風に吹かれて揺れている。

田畑で仕事していた男たちが水牛を引く子供と一緒に自宅に帰る姿も、三々五々目に入る。
旅の男の目は左右に流れて、その夜野宿する場所を探しているようだ。ところがかれの目
は少し離れた場所でひとりで凧揚げをしている小さい子供の姿にくぎ付けになった。その
凧がまったく普通には考えられないものだったからだ。

ウイ・セの目は、凧に使われている紙が紙幣であることをはっきりと見て取ったのである。
こんな貧しい田舎の集落に、紙幣で凧を作って子供を遊ばせている大金持ちが住んでいる
とは思えない。ウイ・セはその子供に近寄って行った。
「おい、坊や。その凧はどこで買ったのかね?」
「これは売ってる物じゃなくて、おとうが作った物だよ。」
「じゃあ、坊やのお父さんはどこでその紙を買ったの?」
「おれは知らないよ。でも家にはまだこの紙がふた籠くらいあるんだ。おじさんも子供に
凧を作ってやりたいのかい?」
「うん、そうなんだ。坊やの家はどこかね。おじさんを案内してくれないか?」
ウイ・セの声はこころなしか、震えていた。


子供は集落のはずれにウイ・セを案内した。その辺りは二三軒の陋屋があるだけで、周り
には何もなく、山の姿が見えるばかりだ。周囲に竹が植えられて垣根になっている一軒の
家に子供は入って行った。家の床下から犬がニ三匹走り出て来て、ウイ・セに向かって吠
えたてた。家屋の中から男がひとり庭に下りて、子供とウイ・セを見ている。子供がウイ
・セに言った。「あれがおれのおとうだ。」

ウイ・セはその男に声をかけた。「わたしゃ、遠いところから来ました。ウォノソボへ用
があって行くんですが、ここまで来て夕方になりました。歩き続けるのは無理なんで、今
晩だけ雨露をしのげる場所を貸してもらえませんか?」
「うちに泊まるのは差し支えないですが、こんな汚い家だから、きれいな場所を用意する
ことができません。」
「夜露をしのげるだけでたいへんありがたいことです。」とウイ・セは言って家に上がっ
た。

男の妻が茶碗ふたつにコーヒーを淹れて、ヤシ砂糖を盛った皿といっしょに持って来た。
そうしているうちに、太陽は沈み、すべてが暗闇の中に投げ出された。家の主は灯りを点
けて家の扉を閉め、ウイ・セを夕食に誘った。食事はやたら硬い赤米とテンペのペペス、
そしてタウナギの揚げものとオンチョムを混ぜたサンバルが付いた。

食事を終えてコーヒーとタバコでゆったりしてから、世間話が始まった。その家の主ムル
トと種々の話題を交わしたあとで、ウイ・セは本題に入った。
「さっきの坊やがあげていた凧はあんたが作られたそうですな。わたしも凧を作るんです
が、町であげる凧は大きいからあの紙20枚くらいではとても足りません。」
「おお、あんたも凧作りが好きですか。じゃあこの紙を持って行ってください。」
「あんたはその紙を使わないですか?」
「壁に開いた穴の目貼りをするくらいで、こんなにたくさん使うことはありません。」
「じゃあ、ただでもらっても申し訳ないから、それを買いますよ。一枚1ドゥイッでどう
ですか?」
[ 続く ]