「黄家の人々(5)」(2022年06月02日)

倉庫の仕事が終わると、ウイ・セは店の方に移る。ただ座っているだけで、特に仕事をす
るわけではない。ほとんどの時間は番頭など幹部使用人の報告を聞いたり、世間話をして
いる。そして昼食の時間になると、店の使用人たちと一緒に食卓を囲んで粥を食べる。

その後で母屋に戻り、また昼食を摂ることもあるが、何も食べずに妻と会話するだけとい
うこともある。


自分が政財界の人気者になったのは事業の成功がもたらした資産のせいであることをウイ
・セは十分に理解しており、また貧富や人種の分け隔てなく社会交際することが世間の評
判を高めることも熟知していたため、かれは自分の信条を実行してたいそうな世間の評価
を得た。要は、敵を作らぬこと、金持ち喧嘩せず、を実践する公徳心の厚い大班taipanが
プカロガンに出現したということだ。

だがしかし、どんなに優れた処世術を巧みに駆使していても、時として人間の欲望がそれ
を容易に打ちのめすことも起こる。その挙句に人間の悲劇が発生すれば、なかなか栄耀栄
華を愉しむだけでは終わらない。おまけに人間の悲劇が付随するか否かは、運としか言い
ようがないのだから。


ある日、ウイ・セが邸宅内で長椅子に寝そべって本を読んでいると、使用人がやってきて
客が会いに来たことを告げた。客はオランダ人だと言う。ウイ・セが表へ行くと、玄関脇
の椅子に座って外を見ていたオランダ人が立ち上がってあいさつした。黄金色の濃いもみ
あげ、立ち姿の姿勢の良さ、金のかかった服装などを観察したウイ・セはその訪問者を高
貴なオランダ人だと判断した。

ウイ・セが用向きを尋ねるとそのオランダ人は、コーヒーを買いにプカロガンに来たら、
みんながあなたの名前を言ったのだと語った。今は倉庫にあまり在庫がないが、数日すれ
ば入荷する予定だから、そのときに商談しましょうとウイ・セは言い、オランダ人も同意
した。オランダ人はさらに、自分は宿屋に逗留中であり、宿屋は人間の出入りが激しいた
めに持って来た現金の保管が心配だから、まずあなたに金を預けたいと言う。ウイ・セに
異存のあろうはずもなく、夕方に箱入りの黄金コインを持って来ることで合意した。


夕方になって、オランダ人は馬車でやってきた。ウイ・セは使用人に命じて、金貨の入っ
た、ずっしりと重い木箱ふたつを自分の部屋に運び込ませた。そのあと、ぜひここで夕食
を一緒に食べて行ってください、とオランダ人を誘った。オランダ人はその申し出を受け、
そして馬車の御者に、一旦宿屋へ戻って夕食は食べないことを伝え、9時ごろまた迎えに
来るように、と言い付けた。

ウイ・セの邸宅の奥にしつらえられた食堂で、周囲に置かれた多数の花瓶から良い香りを
放つたくさんの花々と、そこに用意されたガムラン楽団の奏でる音楽に包まれながら、ふ
たりは美味な食事を堪能した。オランダ人にとっては、出て来る料理がすばらしいもので
あったのもさることながら、ガムラン音楽に彩られた晩餐はかれの想像を絶するできごと
だったのである。しかし最初の違和感もそのうちに消え失せて、だんだんとその雰囲気に
のめり込んで快適なエキゾチシズムを感じていたようだ。

食事が終わるとガムランに合わせてロンゲンの歌舞が始まり、客を誘って一緒に踊るのも
ロンゲンの仕事の一部だから、オランダ人はロンゲンに誘われてガムラン楽団の前に出て
踊り、大いにその初めての体験を楽しんだ。

オランダ人が興に乗ってウイ・セの饗応を心行くまで楽しんだのは、その宴が10時ごろ
にお開きになったことからもよく分かる。その間、かれは時間が経つのを忘れていたので
ある。オランダ人はロンゲンにリンギッコインを4枚与えた。[ 続く ]